2013年8月31日土曜日

「北朝鮮で公開処刑」という「カドラ通信」

日本語版の記事は以下のような内容で、韓国語原文も似たようなものである。
 金正恩(キム・ジョンウン)第1書記とかつて交際していたとされる歌手の玄松月(ヒョン・ソンウォ ル)さんを含む、北朝鮮の有名な芸術関係者十数人が、金第1書記の指示に反し、わいせつ物を制作・販売したとして、今月20日に公開銃殺刑に処せられたこ とが、28日までに分かった。
 北朝鮮情勢に詳しい中国の複数の消息筋によると、玄松月さんや銀河水管弦楽団のムン・ギョン ジン団長などは今年6月「性に関する録画物を見てはならない」という金第1書記の指示に反した疑いで今月17日に逮捕され、3日後に処刑されたという。処 刑されたのは銀河水管弦楽団や旺載山軽音楽団に所属する歌手や演奏家、舞踊家などで、自分が性行為に及ぶ場面を撮影し販売したり、わいせつ物を視聴したり した疑いが持たれている。問題のわいせつ物は中国にも流出したとされている。前出の消息筋は「一部の人は聖書を所持していたことも判明した。処刑された芸 術関係者は全員が政治犯として扱われた」と語った。銀河水管弦楽団は金第1書記の妻の李雪主(リ・ソルジュ)氏がかつて在籍していたことで知られている。 なお、李雪主氏が今回の事件に関与したか否かは明らかになっていない。なお、銀河水管弦楽団と旺載山軽音楽団は今回の事件で解散させられたという。消息筋 は「公開処刑は銀河水管弦楽団や旺載山軽音楽団、牡丹峰楽団などの団員や死刑囚の家族が見ている前で、機関銃によって行われた。家族は全員が政治犯収容所 に送られたと聞いている」と話した。
 玄松月さんは普天堡電子楽団に所属する歌手で、金第1書記が李雪主氏と結婚する前に交 際していたとのうわさが流れている。また、ムン・ギョンジンさんは2005年、ハンガリーの「カネッティ国際バイオリンコンクール」で優勝した、北朝鮮を 代表する演奏家で「功勲俳優」の称号も贈られていた。このほか、銀河水管弦楽団の次席バイオリニストのチョン・ソンヨンさんも今回処刑されたという。
そして、この記事はさまざまなメディアにフォローされることになった。
たとえばロイター日本語版は「金正恩氏の元恋人ら銃殺刑に、北朝鮮でポルノ制作=韓国紙」、産経は「北朝鮮でポルノ制作、芸術家ら公開処刑か 韓国紙、金正恩氏の元恋人も」、朝日はロイターを引用する形で「金正恩氏の元恋人ら銃殺刑に、北朝鮮でポルノ制作=韓国紙」、中国網日本語版は「韓国メディア:金正恩氏の元恋人がポルノ撮影に参加 銃殺刑に」、サーチナは中国網日本語版を引用する形で「金正恩氏の元恋人がポルノ撮影に参加で「銃殺刑」に=中国報道」…といった具合。読売、毎日、時事、共同にはこの件に関する記事は見当たらない。
さて、長々と引用した元記事なのだが、典型的な伝聞情報のかたまりであることに注意してほしい。韓国ではこのような記事を「カドラ通信」という。「カドラ」とは、「〜が…だそうだ」というような意味で、「カドラ通信」とは出所不明の噂について、裏も取らず、「〜によれば」、「〜と話した」、「〜だという」という伝聞の形でまとめたヨタ記事のこと。そう思って引用した記事を読み直してみてほしい。
読売、毎日、時事、共同といった大手がこの記事を伝えていない(ように見える)のは、さすがにこんな記事を掲載するわけにはいかないと判断したからだと思う。産経は、なんとなく嬉しそうに伝えているけれど、それでもちょっと気が引けたのか、記事中に「真偽は不明」というフレーズが入っているあたりは産経なりの良心(?)なのかもしれない。朝日はロイターを引用しているが、ロイターもこの記事は日本語版だけが流していて、英文の記事はみあたらない。ただし、ビデオで「朝鮮日報が伝えた」というクリップはある。それにしても朝日も落ちぶれたもんだ。サーチナの記事はニコニコにも引用されているのだが、ここでは「朝鮮日報が伝えた」という中国網日本語版の記事から「朝鮮日報」がすっとんで「中国網日本語版(チャイナネット)が報じた」ということになってしまっている。
ちなみに元の情報ソースになった「朝鮮日報」という新聞は、おそらく韓国の情報に接したことがある人なら聞いたことのある名前だと思うが、韓国では東亜日報、中央日報とともに発行部数の多い保守系新聞だ。そして、その内容はというと、相当ひどい。韓国の保守三紙は特に北朝鮮絡みの記事では今回のようなヨタ記事を平気で掲載する。つい先日も、東亜日報が報じた「脱北者に日本人拉致被害者の子供が含まれているそうだ」という「カドラ通信」が、結局否定されたことを覚えている人もいると思う。だから韓国人にも、北朝鮮に関する朝鮮日報や東亜日報の記事はまず疑ってかかるいう人は多い。
もっとも、北朝鮮に関する記事は、「裏を取る」なんてことがそもそも不可能なので、ある程度は伝聞、推測に頼らざるを得ないのだが、ニュースソースの信頼性や、他の事実との突き合わせなどで信頼できる情報なのかどうかを判断することになる。そのへんが記者の腕というもんだろう。今回のニュースにしても、中国にも流出したという問題の映像を入手して、そこに当該の人物が写っているなり、流出経路に関わっているというところまで確認したのならともかく、「中国にも流出したとされている」である。こんな情報をおもしろおかしく記事にするメディアの正気を疑ってしまう。
2013/9/22追記
朝日新聞デジタルが「正恩氏夫人に醜聞か 所属した楽団が解散、公開処刑も」という記事で、この件に関するものと思われる記事を公開した。朝日新聞デジタルの記事は情報のソースについても書かれていて上記の「カドラ通信」より信頼度は高い。なお、朝鮮日報は「北, '리설주 포르노설' 보도에 "우리 최고존엄 모독… 극악한 도발"(北、'李雪主ポルノ説'報道に"われわれの最高尊厳の冒涜…極悪な挑発")」という記事で、北朝鮮の朝鮮中央通信の文章を紹介している。朝鮮中央通信の原文が検索できないので朝鮮日報の記事によれば、「ポルノ説」は謀略であり卑劣な中傷だと強く非難しているという。
北朝鮮に関するこの種の情報はよほど特別なソースを持っていなければ確認はできないので、報道を頼りにするしかないのだが、今回の記事の情報ソースは「脱北した北朝鮮の高官」ということで、そのような証言があったことは日韓の政府が確認しているとのことなので、真偽の判断は読者がその情報ソースを信じるかどうかということになる。
個人的には、李雪主が関与していたかどうか、どのようなポルノだったのかはともなく、楽団に何らかの不祥事があり、その責任が問われて処刑された事件があった可能性は高いと思う。
この件については別記事に分けて書きます。

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