日本ではジェット戦闘機のことなんて、自衛隊関係者か、さもなくば軍事オタクやマニアでもなければ、ほとんど知られていない。ぼくもそうだったのだけど、何年か前に外国人から「武器を知らずに『戦争反対』なんてナンセンス」と言われて、それもそうだと思った。それ以来、少しずつ、戦争のシステムを気にするようになったのだが、最近、特に気になってるのがF-35という開発中の戦闘機だ。
2014年4月2日水曜日
2013年8月15日木曜日
終戦の日
ぼくの父は海軍の飛行機乗りだった。日本の敗色が濃くなると、父も特攻隊に志願することになって、9月に出撃するはずだったという。もし、降伏が1か月遅れていたら、または特攻の順番が1か月早ければ、ぼくは存在していなかったわけだ。
父が特攻隊に志願したのは、ずいぶん前からどうせ負けは明らか、圧倒的な戦力の差の前で本土決戦などと言われていた当時、飛行機乗りが生き延びる可能性がある選択肢は事実上なかった。敵艦に突っ込んで死ぬか、空中戦で死ぬか、どっちにしても死ぬんだったら、でかい軍艦を沈めて死ぬほうが得(?)だという計算だったらしい。クレイジーな戦術だとも言われる
けれど、そもそも「どっちにしても死ぬしか選択肢がない」という状況で、クレイジーじゃない戦術なんてあるだろうか。特攻がクレイジーなのではなく、戦争がクレイジーなんだ。
ところが68年前の今日、戦争は終わり、おかげでぼくもこうして生まれてきた。
降伏の決断が1か月早ければ、もっと多くの人が生まれていただろうし、1か月遅れていたらぼくをはじめ、今生きている人のうち、何十万人か、何百万人かは存在していないだろう。他人の話ではなく、それは自分かもしれない。
降伏の決断が遅れたのは国体とやらを心配したからだという。バカバカしい話だ。
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