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2016年12月1日木曜日

NHKのもうひとつの「誤報」

数日前にNHKの報道で数字の使い方がおかしい、その結果、「誤報」につながったと書いた。
しかし昨日(11/30)、NHKはまた数字で混乱している。

「韓国最大の労組が大統領の退陣を求めて大規模な抗議集会を開いた」という内容の夜のニュースなのだけど、ここでNHKはソウルで韓国最大の労働組合である全国民主労働組合総連盟が抗議集会を開いた、全国規模のストライキを呼びかけていて、製造業や交通機関の労働者など22万人が参加していると伝えた。

これまでNHKは、韓国での一連の大統領退陣を求めるデモや集会を報道する時は必ず警察発表の数字だけを使い、主催者発表の数字は完全に無視して触れもしなかった。ところが今回は主催者発表の数字として「およそ2万人」が集会に参加、22万人がストライキに参加したと伝えている。
そして不思議なことに警察発表の数字については完全に無視して触れもしない。
参考までに韓国のメディアは、警察推定のソウルの集会の規模は8000人で、雇用労働部推定のゼネスト参加者数は6万8350人と伝えている。

NHKは何を基準にして、ある集会は主催者発表の数字を使い、ある集会は警察発表の数字を使うのかまったくわからない。ぼくの周辺でも「おかしい」という人は多いのだけれど、もしNHKがそうした視聴者の意見を反映して主催者発表の数字を使ったとしたら、それは視聴者の意見を取り違えている。
海外のデモの様子がわからない日本の視聴者は、実際にどの程度の人が集まったのかを知りたいのであって、ニュースに数字を出すのであれば視聴者がその規模を正しく把握できるように工夫しなければいけない。警察発表の数字に多くの人が不満を感じたのは、それが警察情報のタレ流しのお手軽なニュースだったからというばかりでなく、実際の規模とかけ離れた数字だったからだ。

ところでこの文章のタイトルに「もうひとつの『誤報』」と書いたのは、NHKのニュースで「韓国最大の労働組合である民主労総(全国民主労働組合総連盟)」と言っていたこと。
11月末現在、民主労総のウェブサイトでは組合員数は69万1,136人という数字が出ている。NHKは「69万が所属する」と書いているので、これは問題ない。
しかし韓国には韓国労総というもうひとつのナショナルセンターがある。やはりウェブサイトを見ると、韓国労総の組合員数は94万8,790人となっている
すると韓国最大の労働組合は韓国労総で、民主労総は「韓国最大」ではなく「韓国第二の労組」ということになる。
韓国労総の組合員数が本当に発表通りなのかどうかはわからない(もっと少ないという声もないわけではない)が、一応、サイトで発表されている数字は公式の数字なので、NHKが韓国労総の組合員数が民主労総の組合員数より少ないとする理由は見当たらない。
これは明らかに間違いであって、一種の「誤報」と言えると思う。

とにかく、ぼくが言いたいことは、NHKは一体何を基準に報道しているのか、ある時は主催者発表、ある時は警察発表という一貫性のなさは何なんだということ。労組の規模について、基本的なデータさえ把握せずに「韓国最大の労組」と言うお粗末さは何なんだということ。

今、韓国では大きな社会的な変動につながりかねない事件が動いている。
この動きを陣営の思惑から離れてしっかり伝えるのが公共放送の役目のはず。
いったい、何のためにソウルに支局を設置し、特派員を派遣しているのだろう?
こんな報道しかできないのであれば、ソウル支局など必要ない。仕事をしない特派員も全員更迭してもいい。
その代わり、ぼくが1本100万円ぐらいで記事を書いてやるよ。支局の維持費、人件費を考えれば安いもんだ。

2016年11月28日月曜日

NHKの「誤報」

朴槿恵大統領や崔順実を中心とする大規模かつ広範囲な不正や汚職などが明らかになり、40%前後だった政権支持率は10月に不正の決定的な証拠が報道されると急低下、最近では4%という数字を記録した。毎週末、膨大な人が街頭に出てきて退陣を叫ぶデモが続いている。
最初は数千人だったデモの規模は回を重ねるごとに増え、主催者側によれば5回目のデモは首都ソウルでの130万、全国で190万人が退陣を叫んでデモを行ったという。

ところが不思議なことに、日本の報道機関の多くはデモの規模について主催者発表の数字を使わず、警察発表の数字を報じている。ただしほとんどの報道機関は主催者発表の数字も併記するなどしてデモの規模の大きさを伝えているのだが、NHKはなぜか一切主催者発表の数字に言及していない。
たとえばNHKは11月26日のニュースで、ソウルでの集会の規模を「今月12日に続いて、民主化以降、最大規模のおよそ26万人」と報じた。主催者発表のほぼ1/5の数字だ。

主催者発表の数字は参加者の延べ人数、警察発表の数字は特定の時点での人数だそうだ。警察発表の数字は原理的に主催者発表の数字より小さくなる。
しかし、抗議デモの場合、最大何人が同時に集まったかが重要なのではない。どれだけ多くの人が抗議の声を上げたのかが問題なのであって、その意味で瞬間を切り出した警察発表の数字を使うのは不適当だ。それなのに、NHKは警察発表の数字を書き写すだけ。
NHK以外でも警察発表の数字を使う報道機関は少なくないが、ほとんどの場合、主催者発表の数字も併記している。しかしNHKは警察発表の数字を書き写すだけ。

NHKが警察発表の数字にこだわり続ける理由はよくわからない。
だがNHKは「民主化以降、最大規模」と報じていることを想起すれば、どうやらNHKは主催者発表の数を念頭に置いてニュースを作っているらしいということがわかる。

NHKが言う「民主化」は、1987年の民主化抗争のことだ。
1987年6月26日に行われたデモの規模は主催者発表で180万人以上、警察発表では2万2千人というのが通説とされている。
警察発表の数だけを比べれば、2万2千人を超える規模のデモは何度も行われている。たとえば2008年6月10日の韓米FTA反対デモの規模は警察発表で8万人だった。
もし警察発表の数字だけを比べるのであれば、NHKはニュースで「2008年FTA反対デモ以降最大」と報じなければならなかった。いや、先週すでにFTA反対デモの規模を超えているので「12日のデモ以来最大」と報じなければいけないことになる。つまり、史上最大のデモだったと報じなければならない。

警察発表の数字を使えば「史上最大」のはずなのに、NHKは「1987年の民主化以降最大」と報じた。
それならその根拠となる数字は主催者発表の数字でなければいけない。
民主化抗争の主催者発表の数字は180万人以上、韓米FTA反対デモの主催者発表の数字は100万人なので、今回の主催者発表130万人という規模は確かに「民主化以降最大」と言える。
したがって「民主化以降最大」と報じるNHKは、主催者発表の130万という数字の方が現実に近いことを認識した上で、何らかの理由で主催者発表の数字を隠したまま警察発表の数字を報道し続けているということになる。

これは単に数字の相対的な大小の問題ではない。
歴史的な出来事の軽重にかかわる問題だ。
1987年の民衆抗争は、当時の軍事政権を退陣に追いやるほどの大規模なデモだった。今回のデモが民衆抗争時のデモより規模が小さければ、政権を退陣に追いやるほどの規模ではないと解釈することもできる。逆に民衆抗争時より大きいのであれば、政権が危険になる水準の規模だということになる。
花火大会の人出のニュースと違い、どの数字を使うかによって、政治的な意味が変わり、歴史における順位が変わるのだから、いい加減な理由で数字を扱ってはならない。

韓国はもちろん、欧米のメディアも、そして日本でも多くのメディアが主催者発表の数字を併記しているのはそのような理由がある。NHKも、主催者発表の数字を併記するべきだった。
NHKは警察発表の数字しか報じなかったことにより、デモの社会的な意味、歴史的な意味を見失ったばかりでなく、1本のニュースの中で本当は史上最大なのに民主化以降最大と報じるという「誤報」、あるいは本当は130万人なのに26万人と報じるという「誤報」を犯してしまったわけだ。

もっとも、1987年の軍事政権下の警察発表の数字は、決して信頼できるような数字ではない。
しかし警察発表の数字は常に時の権力者によって歪められるものだ。
だから韓国では1987年の民衆抗争の規模は普通、主催者発表の180万人以上という数字が使われる。
実際に今回のデモの規模についても、韓国では誰も警察発表の数字なんて信じてはいない。
今回のデモの原因になった朴槿恵政権の無数の問題の中には、青瓦台が警察や検察に介入して真実を隠し、警察や検察に政権にとって都合が良い情報を流させていたことが明らかになっている。軍事政権下の警察発表が信じられないのであれば、全く同じ理由で警察の発表にも青瓦台の介入を疑わなければならない。警察発表の数字を報道することに意味がないとは言わない。しかし、警察発表がすべてではない。「政府が右と言えば右」というセンスで報道機関が当局の発表を垂れ流すことがいかに危険なことなのかをNHKは理解しなければいけない。

今、目の前で起きている出来事がどのような意味を持つのか、その意味をこれまでの多くの出来事と比べるために数字が使われる。ニュースでどの数字を使うかによって、出来事の意味が変わってくる。
もしNHKが「警察が26万と言ったから26万」というのであれば、報道機関として失格ではないだろうか。今、何が起きているのかを見極めて、意味のある数字を使って出来事の意味をニュースの受容者に伝えることが報道機関の役目だと思う。












2015年12月30日水曜日

ナヌムの家のハルモニは割れているのか?

慰安婦問題の「最終解決」に合意した日韓外相会談についてさまざまな報道が溢れているが、「日韓外相会談の結果に従う」というある元慰安婦の言葉(たとえば産経の記事『元慰安婦「政府に従う」』など)が一人歩きしているのは問題だと思う。
産経以外にも、多くのメディアが「ナヌムの家の元慰安婦の中には政府の決定に従うという人もいる」と伝えていて、ぼく自身、「そうか、割れてるのか」と思った。最初は。

2015年12月24日木曜日

なぜ朝鮮日報のコラムは問題にならなかったのか

産経の前ソウル支局長が書いたしょうもないコラムが朴槿恵の名誉を毀損したという容疑をめぐる裁判は、結局、前ソウル支局長は無罪ということになり、韓国の検察も上告せず、確定した。
裁判はこれで終わったので、今更あれこれ言うことはないのだけど、この間、「産経は朝鮮日報のコラムを引用したのに、なぜ産経が起訴され、朝鮮日報は起訴されなかったのか、おかしいじゃないか」といったフレーズが繰り返されてきた。しかし「産経は朝鮮日報のコラムを引用しただけだ」という産経側の主張には疑問がある。
産経のコラムは確かに朝鮮日報のコラムを「引用」した。しかし「引用しただけ」なのか?
先に結論を言えば、産経は朝鮮日報のコラムを「引用」して、朝鮮日報のコラムとはまったく異なる内容のコラムを書いた。だから産経は起訴されたが、朝鮮日報は問題にされなかったのではないか。

2015年7月9日木曜日

産経の朴槿恵名誉毀損裁判について

産経の朴槿恵名誉毀損裁判の公判で米国人ジャーナリストが弁護側証人に。
産経が割と詳しく伝えている。
第7回公判の詳報(上)
第7回公判の詳報(下)

産経にしてみれば身内の裁判だから、詳報と言っても都合のいいところだけの詳報のような印象があって、検察からのイエローペーパーがらみの質問の部分の証言内容は書かれていない。ぼくとしては、まさにその部分についてまともなジャーナリストがどう答えるのか一番知りたかったのに...
実際、外国のメディアが現地のさまざまな噂や報道を参考にしたり引用することは普通に行われているし、信頼できる現地メディアの報道内容を伝えることその ものに問題はないと思う。しかし産経の記者は、真偽が不明な噂に言及した朝鮮日報のコラムを引用して、さらに朝鮮日報も書かなかった「噂」の内容を紹介し てしまった。ちなみに、この「噂」は朝鮮日報がコラムで紹介する以前から、韓国の政治部記者の間では知らない人はいないほど有名な話でもあったという。
 

韓国の政治が面白くなってる

韓国の政局が面白い。
与党セヌリ党の院内代表(与党内の議会側のトップで、与党議員が選出する)が青瓦台との力比べで負けて辞任したのだが、辞任の記者会見で「法と原則と正義 を守りたかった」、「大韓民国は民主共和国だ」と述べた。つまり、朴槿恵政権は「法と原則と正義に反している」、「独裁だ」と言ってのけたわけである。

2014年6月26日木曜日

韓国内の米軍基地村慰安婦

6月25日、韓国CBSラジオの「鄭寛容(チョン・グァニョン)の時事ジョッキー」という番組の中で、韓国内の米軍基地の基地村で性売買に従事していた女性たちが国家を相手に損害賠償請求訴訟をするというので、訴訟をまとめている人とのインタビューを流していた。
韓国の米軍相手の基地村については広く知られている。ただ基地村の運営に韓国政府や米軍が関与していたという話は、これまで一部では伝えられていただけで、あまり知られていなかった。そこに政府に対する訴訟ということになると、ちょっと展開は違ってくるかもしれない。ぼく自身、このあたりの詳しい事情はよく知らないので、提訴に至る経緯だとか、そのへんはよくわからない。しかし韓国政府や米軍までが組織的に「基地村」の運営に関与していた責任が裁判で認められたら、まあ、それだけで十分大きな影響があるだろうけど、最近の日本軍慰安婦に関する議論にも影響してくるかもしれないし、日本の右翼が「韓国だってやってたじゃん」と喜ぶかもしれないし、朴裕河氏をめぐる議論にも関係してくるかもしれない。
ラジオのインタビューは、そうしたいろいろなこともおそらく念頭に入れて行われたのだと思う。

参考までに、CBSのサイトに掲載されていたインタビューの書き起こしを海賊翻訳してみた。以下は翻訳。

2014年4月25日金曜日

あえてセウォル号の船長を弁護する

韓国のニュースサイトを見ると、どこもかしこも連日セウォル号事故のニュースで埋まっていて、日本でもずいぶん話題になっているけれど、まあ、だいたい「船長は悪いやつで、救助の体制もなってなかった」という感じだろうか。
特に、乗客を放り出してさっさと逃げ出したセウォル号の船長だとか、操船ミスだったようだとか、船員は非正規職だったとか、つまり船員のレベルが低くて船が転覆して、被害を大きくしたかのように伝えられている。でも、本当にそうなんだろうか。いろいろな情報を集めてみると、乗客の避難誘導での責任は確実にあると思うのだが、それ以外の部分では必ずしも断定的に船員が問題だったとばかりも言えないような気がする。
4/23にCBSラジオが放送した弁護士とのインタビューを聞いていると、船長をはじめとする乗組員はそれなりに努力はしていたように思われる。

2014年4月22日火曜日

元セウォル号航海士とのインタビューについて

韓国のメディアは毎日、朝から晩までセウォル号関連のニュースを伝えているが、4/21のJTBCニュース9で、セウォル号に乗って問題の航路での運行の経験があるベテラン航海士とのインタビューが放送された。これまで指摘されていなかった数々の疑問や、なぜこのような事故が起きたのかについての説得力のある情報が含まれている。
この電話インタビューは、航海士のなまりが強い上に、話し方がまずくてよくわからない部分もある。さすがのソンソッキも話をまとめるのに苦労しているのが面白いけど、それはまた別 の話として、ウェブサイトの文字起こしも不正確(たとえばサイトのコメント欄に「スターポルトチェイン」は「スターボード・テン(面舵10度)」というコメントがついていた)で細かいところはよくわからないのだが、とにかくこれまでの報道では出てこない話で、びっくりした。ぼくが理解した内容としては、ざっと以下の通り。

2014年4月20日日曜日

セウォル号


大惨事になってしまった韓国のセウォル号。救助作業は遅々として進まず、時間だけが無駄に流れ、家族の焦りはつのるばかり。まだ事故の全体像は明らかになっていないが、漠然としたものが見えてくるにつれて、何だか暗澹たる気分が強まる。
この事故の背景には、技術的な問題、安全管理の問題、そして救助システムの問題がある。

2014年3月14日金曜日

新自由主義に強奪されたフェアトレード

コーヒーは好きだし、フェアトレード・コーヒーやオーガニック・コーヒーなんかにも興味はある。 まあちょっと高いけど、品質はそこそこ悪くない。 ただ、オーガニックは別として、コーヒー屋の店頭に並んでいる品揃えの一種としてのフェアトレード・コーヒーというのは「何か、違う」という気がして仕方がなかった。 かといって、正統フェアトレードの作法に従うのも、正直言って少々疲れる。毎日特定の種類のコーヒーだけを飲み続けるというのもアレだし。 いや、そもそもコーヒーという飲み物そのものが、極めて帝国主義的だったりする。 コーヒーだけじゃなくて、チョコレートも砂糖も、うむ帝国主義って、なかなかおいしいものなんだ…というのはともかく、帝国主義と「公正貿易」というのはいかにも矛盾している。
そんなことを考え始めるとキリがない。フェアトレードだの帝国主義だのの矛盾に無駄に悩まず、普通の不公正貿易コーヒーを愛飲している、というとウソになる、単に安くておいしからいいや、といったストレートな理由で不公正貿易コーヒーを飲んでいるわけだ。
そんなある日、韓国のチャムセサンに掲載されていた「新自由主義に強奪されたフェアトレード」というテキスト(原文韓国語)を見つけたのだけど、これがなかなかおもしろかった。 韓国でも最近、フェアトレードが流行しているそうなんだが、やっぱり韓国の左翼もフェアトレードについては似たようなことを感じているらしく、そのあたりの議論のタネとして(週例討論会の資料だ)、フェアトレードをめぐる話題がまとめられている。
討論会用のテキストということもあって、必ずしもこの内容はフェアトレードにかかわる人たちが同意するようなものではないと思うし、いろいろな論点がスルーされている部分もあるように思う。 フェアトレードについては素人なので、この文章について気の利いたコメントはできないけれど、フェアトレードについて考えるきっかけとしては悪くないと思う。
以下、ざっくり翻訳してみたので、フェアトレードに興味のある方はご一読を。

2013年3月16日土曜日

ISD条項に関する韓国情報活動家の記事 4

韓国の情報活動家が、Corporate Europe Observatoryによる「不当なことで利益を得る-ローファーム、仲裁者、金融業者が投資仲裁ブームをあおりたてる方法(Profiting from injustice. How law firms, arbitrators and financiers are fueling an investment arbitration boom)」という報告書の内容を韓国語に翻訳して「投資仲裁産業」の主な行為者としてローファーム(仲裁専門弁護士)、仲裁者、金融資本(第三者ファンド)が国際投資体制をいかに維持し、拡大させるかを4編に分けて掲載した記事の日本語訳。原文とは若干違う部分もあり、重訳なので翻訳時のミスもあるかもしれません。報告書の1編2編3編の記事、また必要なら原文もご覧ください。

不当なことで利益を得る(4)

投機金融資本にとってのISDとは?

Byクォン・ミラン/情報共有連帯IPLeft/ 2013年3月11日、10:49 AM

賭博場の掛け金を掛ける者、第三者ファンド

投資仲裁システムは、ますます投機性金融世界と統合されている。第1編で述べたように、国際投資仲裁は政府と投資家ともに高額な費用を要求する。最近はその費用を第三者ファンドから調達する現象が増えている。

第三者ファンド(third party funding)は、ローファームや訴訟の当事者が訴訟ファンド会社から訴訟費用を用意する過程やメカニズムをいう。つまり第三者ファンドは訴訟費用の提供者だ。一般に、第三者ファンドが訴訟の費用を提供した後、訴訟当事者が再判決と損害賠償金を受ければその損害賠償金の一定の割合を得て、裁判で負ければ何も受け取れない。つまり訴訟で負ければ第三者ファンドは何も受け取れずに投資した金を失う。第三者ファンドは、本質的に賭けだ。仲裁過程の費用を返してもらえる保険契約とは異なる。

第三者ファンドはよく知られていないが、Burford Capital(米国)、Juridica(英国)、Omni Bridgeway(オランダ)といった会社が、国際投資仲裁で指定席を得つつある。銀行、ヘッジファンド、保険会社も国際的な紛争に投資をする。請求人と第三者ファンドの間で、互いにショッピングができるように仲介するブローカーと電子市場がますます大きくなっている。

国際投資仲裁で第三者ファンドが急速に増加した最も明白な理由は高額な費用だ。そのために投資家は仲裁申請を躊躇し、それほどの金を持っていないこともあり、長い間、高い費用を払い続けると資産が使えないこともある。

また第三者ファンドが最近増加しているのは、国際的な経済危機にも起因する。投資家は相変らず経済危機の効果を体感し、仲裁過程であまり危険な投資をしないという。二番目の理由は仲裁の結果の不確実性だ。投資家は訴訟で負ける危険を第三者ファンドに移転し、その危険の管理を転嫁することを望む。

最後に、国際投資仲裁の増加と主な仲裁判定の公開により、可能な結果をさらに簡単に予測できるようになったため、若干、不明確性が減少している。

こう喩えるとわかりやすいだろう。掛け金がなければ博打はできない。その上、経済事情があまり良くなければなおさらだ。しかし誰かが掛金をくれる。博打で金が取れば掛け金をくれた人に少し払い戻せばよく、掛け金をすべて失っても返さなくても良い。だが、掛け金を賭けた人にとっても悪くないのは、これまでの傾向を見れば、その賭博場は自分が金を出してやったギャンブラーに有利なイカサマをする博打だったということだ。

国際金融危機で、むしろ常勝疾走

2008年、ウォールストリートのサブプライムローン事態の時に第三者ファンドはむしろ急浮上した。ローファーム、Patton Boggsのパートナー弁護士で第三者ファンド会社のJuridicaとBurfordのコンサルタントもしているJames Tyrrelは、不況の中で主張した。「適当なところを探している多くの金がある」。それで、世界が無謀な出資と信用不渡り、スワップの超過で揺れ動いている間、第三者ファンドは賭けを張る新しい現金流入先を得た。

2007年、Juridicaはロンドン証券取引所を通じ、初期株式公募に1億2千万ドル(8千万ユーロ)を集め、2008年末に国際的な不況が最高潮になった時、1億1600万ドル(7440万ユーロ)を追加で集めた。アイオワ大学のMaya Steinitzは、第三者ファンドの拡張は「ファンドと弁護士が弁護士協会の懲戒範囲の外で活発に行えるように、専門的な規制が実質的になかったため」と評価した。実際に第三者ファンドは「法的荒野(legal no-mans land)」と呼ばれた。

第三者ファンドはどれほどの金を稼ぐのだろうか? 第三者ファンドが受け取る分け前を計算する方法には、初期投資金に何倍か掛け算をする方法もあり、最終賠償金の一定比率を受け取る方法もある。その割合は15%から50%まで多様だ。 最後に、上の2種類の方法を混合する方法がある。最終判決前に合意した場合も第三者ファンドは似た方式で収益を得る。

第三者ファンドの収益は、衝撃的な割合で増加した。Burfordの年次報告書(2011)によれば、2011年度の利益は1590万ドルで、前年比965%増加した。 Burfordが金を出した訴訟のうち9件が2011年に終わったが、期待純益は最低3200万ドルだという。この9件の訴訟に3500万ドルを払ったので、掛け金100円あたり、91円を取ったわけだ。

Burfordは固定投資金として3億ドルを保有しており、1件の投資当りの平均投入額は800万ドルだ。2009年に創立して以来、2011年末までに2億8200万ドルを投資した。Juridicaの年次報告書(2011)によれば、2011年度の利益は1290万ドルで、前年比578%増加した。Juridicaは固定投資金として2億ドルを保有しており、1件の投資当り平均750万ドルを投入する。

何を売るのか?

第三者ファンドがどんな訴訟に金を出すのかを決める方法論については、よくわからない。第三者ファンドの慣行についても明確に知られていない。訴訟請求人と第三者ファンドの間で、どのような内容で第三者ファンド協定を結ぶのかもよくわからない。

だが明らかなことは、第三者ファンドは利益を極大化するために、絶えず新しい商品を開発していることだ。

第三者ファンドは投資家(企業)だけでなく、政府を含む被告のための商品も開発している。Fulbrook Management会長のSelvyn Siedelは、「しばしば、われわれは訴訟をあおっていると非難される。しかし現在、われわれは紛争の双方で働いていると言える」と主張する。

国際投資仲裁件ではないが、シェブロンとエクアドルの訴訟を例にあげよう。 1964年〜1992年にテキサコ(シェブロンが買収)がエクアドルで原油の採掘で水を汚染させ、ガン、障害児出生、小児白血病増加が現れるなど、先住民の健康が悪化した。


シェブロンに抗議する市民

シェブロンに抗議する先住民:www.chevroninecuador.com/201006_01_archive.htmlより

http://okosmos.blogspot.kr/2011/02/ecuadorian-judge-hits-chevron-with-86bn.htmlより

先住民がシェブロンを相手としてエクアドル裁判所に損害賠償請求をした。 Burfordは、2010年11月にエクアドル先住民の代わりに、訴訟資金として400万ドルを出し、1500万ドルまで投資することにした。Burfordのファンド協定によれば、Burfordが1500万ドルを出し、原告が10億ドルの賠償を受け取れば、Burfordは5500万ドルを受け取り、原告が20億ドルの賠償を受け取れば2倍の1億1100万ドルを受け取ることにした。これで終わりではない。原告が10億ドル未満(最低6950万ドルまで)の賠償判決を受けた場合、Burfordは同じように5500万ドルを受け取ることにした。つまり6950万ドルの賠償判決があれば、Burfordは5500万ドルを受ける。

これは賠償金の80%だ。残りの20%は金を払った他のファンドに行くので、先住民が取る金はない。できるだけ多くの賠償金を取れなければ、ほとんど先住民に残らない。

2011年にエクアドルの裁判所は、シェブロンに86億ドルを賠償するよう判決したが、これを受け取れるかどうかはわからない。シェブロンは繰り返し控訴すると同時に、ISDも申請をした。Burfordは最近、この訴訟についての契約を他のファンドに売ったという。

ある第三者ファンドは仲裁の戦略と運営について、さらに大きな影響を及ぼす「より少なく消極的なビジネスモデル」を開発している。オランダの第三者ファンドのOmni Bridgewayは、専門家の証人選択と真相調査任務を含む「オーダーメード・コンサルティング」をしており、仲裁の過程で「単なる金ではなく技量を倍加」させるサービスを提供したいという。

また、Selvyn Seidelは「われわれはまた、請求人と弁護士の能力を倍加させる支援サービスの提供を始めた。われわれは自らを弁護士、金融業者、銀行家、会計監察官の統合的なグループだと考えたい」と話した。

その上、第三者ファンドは派生商品も開発している。Selvyn Siedelは「私たちが考えている別の商品がある。訴訟全体より訴訟の一部に資金を出し、ミニ・ポートフォリオのように5〜6件の訴訟に分散投資する派生商品だ。訴訟に資金を出した後に、信用不渡りスワップ(credit default swaps)のように、第三者にそれを転売できる可能性もある」とその輪郭を示した。投機金融資本はよくわからず、Selvyn Siedelの話はよくわからないが、第三者ファンドがますます投機性が大きい方向に進むことは明らかだろう。

第三者ファンドに隷属する仲裁過程

無法天下の第三者ファンドへの規制が必要だという批判が提起されている。全米商工会議所は、金儲けに血眼になっているこうした投資会社が訴訟に不適切な影響を及ぼすと批判した。Burfordの最高経営者のChristopher P. Bogartは、仲裁過程に影響を及ぼす意図ななく資本を提供する消極的な投資家だと言うが、そうではない。

仲裁請求人(投資家)は、自分の利害関係を管理しなければならないだけでなく、第三者ファンドの利害関係もまた管理しなければならない。仲裁請求人の弁護士には、自分の受託料を払う第三者ファンドの影響を受けかねないという恐怖がある。したがって、第三者ファンド協定のために、仲裁手続きが第三者ファンドと投資家間の関係に隷属しかねない。

ところで、第三者ファンドと投資家と弁護士の関係は、第三者ファンド協定上の契約的関係より、はるかに重なっているようだ。第2編と第3編でローファームと仲裁者の緊密な関係に言及したように、第三者ファンドも投資仲裁コミュニティの「門番」として、国際仲裁システムに重要な影響を及ぼす。第三者ファンドはコンサルティングを行い、代案を提示して、ローファームをリードしたり、誰が仲裁者で選任されるのかについても影響を及ぼす。

第三者ファンドと仲裁者、弁護士、投資家(企業)をつなぐ対人関係の網を形成しているCalunius CapitalのMick Smithの例を見よう。

Smithは現在、Calunius Capitalの会長だ。その前はローファームFreshfieldsで働いていた。彼は「そこで結んだ関係は相変らず重要で、彼らは私の第1の寄港地だ」と話したように、彼が元の同僚と親密な関係を維持したことから利益を得ている。

Rusoroがベネズエラ政府にISDを提起するためにファンドを探していた時、Caluniusはカードをつかんだ。Rusoroはカナダに本社をおくロシア資本の鉱業会社だ。2011年8月17日、ベネズエラのチャベス大統領が金鉱山の探査と開発を国有化すると発表した後、同年9月に金産業を国有化する法律が公布された。 Rusoroは、資産の移管および補償についての協議を始めたが、うまくいかず、2012年4月に操業を完全に中断した。

2012年7月にRusoroは、カナダ・ベネズエラ二国間協定を根拠としてICSID(国際投資紛争解決センター)に仲裁申請をした。ローファームのFreshfieldsがRusoroを代理し、Calunius CapitalがRusoroの仲裁費用を提供することになった。

Smithのケースは例外ではない。2011年に創立した訴訟ファンド会社のBlackRobe CapitalとFulbrook Managementは、どちらも元弁護士が運営する。 現在の、Fulbook Managementの会長でBurford Capitalの共同創立者であり、Latham&Watkinsのパートナー弁護士だったSelvyn Seidelの履歴からわかるように、仲裁専門弁護士と会社は強い関係を維持している。彼はそうした関係が「私たちに大きな助力をしてくれたし、われわれは国際仲裁を助けることで彼らに寄与することを望む」と話した。

現在BlackRobe Capitalの共同創業者で、その前はBernstein Litowitzのパートナー弁護士だったJohn P. Coffeyは、「私の元の同僚たちから投資機会が殺到した」、「普通、トップ25のローファームから要請がくる」と話した。 Burfordも主要ローファームと企業での訴訟管理経験がある人々で構成されていると自己紹介している。こうした閉じたネットワークは、仲裁者の能力、仲裁手続きの公正性と透明性において、疑問がある。実際にあるファンドとローファームは、部分的に、あるいは全体的に同じ側に属している。

これだけでなく、第三者ファンドと投資家間の関係によって、紛争の過程が延長、または短縮され、仲裁の過程に否定的に影響を及ぼすことがある。こうした例はS&T oilとルーマニアのISDで見られた。第三者ファンドのJuridicaが払っていたS&T oilの費用を中断したことで、ISD仲裁手続きが続けられなくなった。結局は、Juridicaが金を払い、さらに2年間の仲裁手続きが進められた。 ルーマニア政府としては、2年間の仲裁費用をさらに押し付けられた形だ。

軽率な仲裁申請が増加

二つ目の批判は、第三者ファンドが国際投資仲裁の数を増やすことができるという点だ。全米商工会議所が雇った弁護士のJohn H. Beisnerは、第三者ファンドが軽率な訴訟を奨励すると昨年に下院で述べた。オーストラリアの場合、全般的に第三者ファンドを自由化した後、訴訟が16.5%増加したと推測されている。

掛け金がなければ賭けはできないが、第三者ファンドが掛け金を払うことで、潜在的に投資紛争の数が増える。さらに軽率で危険が大きい訴訟になるほど、第三者ファンドのポートフォリオ投資の価値を上げることになる。「損失の恐怖への危険から逃げれば、ポートフォリオの潜在的なパフォーマンス(積極的に投資し、短期間に最大の収益を追求する投資)を極大化させることはできない」とBurfordグループが指摘したようにである。

われわれの選択は?

報告書「不当なことで利益を得る-ローファーム、仲裁者、金融業者が投資仲裁ブームをあおる方法(Profiting from injustice. How law firms, arbitrators and financiers are fueling an investment arbitration boom)」の内容を翻訳し、「投資仲裁産業」の主要行為者としてのローファーム(仲裁専門弁護士)、仲裁者、金融資本(第三者ファンド)が国際投資体制をどのように維持し、拡大するかを4編にわたり伝えた。

そしてこの報告書は、最後に仲裁手続き内外で私たちが選択できるいくつかの方法を提示しているが、紹介しないことにしよう。世界が仲裁機構によるキャッシュディスペンサーのように扱われ、仲裁判定の結果が国際的に執行される世界に対し、どんな選択ができるのかは私たちが考えるべき部分なので、いくつかの国での努力を紹介して文を終えよう。

今年1月、インド政府は二国間投資保護協定に関するすべての交渉を保留することにした。昨年、企業が投資協定によるISDの通知が頻発したため、将来、さらに多くのISDが乱発されかねないという恐れを感じた財政部と商工部が、投資協定モデルを再検討するまで、すべての投資協定を保留することにしたのだ。

2011年の春にはオーストラリア政府は、今後、これ以上の貿易協定にISDを入れないと発表した。

ISD爆弾を受けた南米は、もっと積極的な代案を模索している。ボリビアは2007年に、エクアドルは2009年に、ベネズエラは2012年1月に、国際投資紛争解決センター(ICSID)から脱退した。

そして南米国家連合(UNASUR. 2008年に発足した南米国家共同体. ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラ、スリナム、アルゼンチン、ガイアナが参加)は、代案的な仲裁機構についての議論をしている。

2009年6月にエクアドルは、ICSIDを代替する代案的な仲裁センターの創設を提案し、2010年12月にUNASUR会員国の外務部長官が仲裁センター紛争解決システムの作業班の議長として、全員一致でエクアドルに決めた。エクアドルは仲裁センターの規則についての提案書を提出し、UNASUR紛争解決システム委員会はその提案を調整しており、今後、会員国が検討することになる。

UNASURの12の会員国のうち9か国が受けたISDは、ICSIDに提起されたものだけでも111件になる。これはICSIDの仲裁全体の31%を占めている。

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ISD条項に関する韓国情報活動家の記事 3

「不当なことで利益を得る(1)」「不当なことで利益を得る(2)」の続編、その3です。

不当なことで利益を得る(3)

ISDの守護者、仲裁者クラブ

By クォン・ミラン/情報共有連帯IPLeft / 2013年2月20日、4:32 PM

最近、ローンスターと韓国政府が仲裁者を選任した。ローンスターが仲裁者に指名したチャールズ・ブロワー(Charles Brower)は、2005年までの37年間、米国のローファーム、ホワイト・アンド・ケース(White&Case)に在籍し、この報告書が選定した国際仲裁市場を牛耳る仲裁者の2位に選ばれた人物だ。

ブロワーは、これまで知られている450件のISDのうち33回仲裁人に指名され、このうち94%は投資家により指名された。続けて韓国政府も仲裁者にブリジット・スターン(Brigitte Stern)を選任したという。ブリジット・スターンは、この報告書が選定した仲裁者の1位だ。この報告書は仲裁者が決して中立的でないどころか、企業に好意的な投資仲裁システムを作るパワーのある行為者になる理由を暴露している。

仲裁「マフィア」

仲裁者たちは、あまり世の中に知られていない。だが仲裁者は互いをよく知っている。学界とジャーナリスト、そして内部の人たちは、彼らを「小さくて、秘密っぽく、クラブ風の」、「インナーサークル(inner circle)」あるいは「仲裁『マフィア』」と描写している。クラブを小さく維持することは、仲裁者が投資仲裁システムをしっかり捉えていることを意味する。

匿名の国際法研究者によれば、似た価値、似た教育、似た観点でまとまった小さなコミュニティが維持されるため、投資仲裁システムが見えないという。彼によれば、仲裁システムの動き方についての仲裁者間の一貫した観点は、仲裁システムの生存に必須だと彼は主張する。だから仲裁者たちは「そのシステムを守る役割を果たす」のである。

この報告書では、これまでに知られている450件のISDを担当した仲裁者が誰なのか、投資家が要求した賠償金額がいくらなのかを調査した(最終的に判定された賠償金額は分からないことが多い)。仲裁をした件数が多い順に15人のエリート仲裁者を選定した(下表参照)。単に15人の仲裁者が今までに知られている450件のISDのうち247件(55%)を担当した。圧倒的に集中している。

そして、2003年から2010年に提起されたISDのうち、投資家が請求した賠償金額が1億ドル以上の事件を調査して順位を付けた。2010年までのISDで、一番高額な賠償金を請求したのは、エネルギー会社のYukos、Hulley、Veteran Petroleumがロシアを訴えた訴訟だ。1036億ドルを請求した。次はConocoPhillipsがベネズエラに300億ドルを請求した。

15人のエリート仲裁者たちは、1億ドル以上の賠償金が請求されたISD 123件のうち79件(64%)を担当し、40億ドル以上の賠償金が請求されたISD 16件のうち12件(75%)を担当した。賠償金が大きいISDほど、15人のエリート仲裁者に集中していることが分かる。


図1

投資仲裁システムの生存は、相互にとても強い凝集力でつながった小さな仲裁者クラブ次第だと言える。15人のエリート仲裁者たちは、皆少なくとも1回は同じ訴訟で他のエリート仲裁者と共に仲裁判定部を引き受けた。15人のエリート仲裁者が共に仲裁判定部を担当したISDは69件あった。

Marc LalondeはFrancisco Orrego Vicunnaと5回、同じ仲裁判定部を引き受け、L Yves FortierはStephen M. Schwebelと5回同じ仲裁判定部を引き受けた。Brigitte SternはMarc Lalonde、Gabrielle Kaufmann-Kohlerとそれぞれ5回ずつ同じ訴訟で仲裁判定部を引き受けた。その上、ローンスターと韓国政府が選任した仲裁者のCharles BrowerとBrigitte Sternは、4件のISDを共に引き受けた。場合によっては3人の仲裁判定部を15人のエリート仲裁者に入る人が引き受けた。こうしたケースは15件もあった。

このうち、3人の仲裁判定部とどちらかの代理人が15人の仲裁者に入っているケースは7件ある。代表的な例としては、歴代最高の賠償金1036億ドルを要求したYukos、Hulley、Veteran Petroleumとロシアとの訴訟で、仲裁者パネルはYves Fortier、Daniel Price、Stephen M. Schwebelだ。Emmanul Gaillardは投資家を代理した。

ロシアは2002年までエネルギー産業民営化を推進し、2003年5月に「ロシア エネルギー戦略:2020年まで」を発表し、エネルギー産業に対する国家統制を強化して、大企業形態の国営エネルギー会社の育成計画の下で、2004年から民間企業による運送パイプライン建設を禁じ、外国系会社の持分を49%までに制限した。

こうしたロシアのエネルギー戦略の実行の過程で、2003年に当時ロシアで1位のエネルギー企業だったYukosの会長が、脱税や横領で拘束され、2004年には未納税額のためにYukosの資産が押収されて競売が行われた。

これに対し、Yukosの株式を持っていた3つの企業は2005年、ロシアを相手にエネルギー憲章条約を利用してISDを提起した。3つの企業を代理したローファームのShearman &Sterlingが発表した依頼人機関誌「ユーコス:エネルギー憲章条約に対する歴史的な決定(Yukos:landmark decision on the energy charter treaty)」によれば、ロシアは1994年にエネルギー憲章条約に署名したが国内批准をしておらず、2009年8月にエネルギー憲章条約の会員国にならないと発表した。しかし仲裁判定部は2009年11月30日、Yukosなどがエネルギー憲章条約を利用してISDを提起することを認めると判定した。

同じISDで、仲裁と代理を同じローファームが担当したケースもある。特に、このような場合はISD制度の公正性を問うこと自体が無意味だ。Bayindir Insaat Turizm Ticaret Ve Sanayi A.S.とパキスタンとの訴訟で、Essex Court Chambersに所属するStephen M. Schwebelが企業側を代理し、同じ所属のKarl H Bockstiegelは3人の仲裁判定部の1人になった。同時に所属が同じ2人の弁護士が、パキスタン政府を代理した。

Chambersはローファームではなく、いわゆる自営業者弁護士の「職務共同体(office community)」と言えるので問題にはならないと主張するが、HEPとスロベニアとの訴訟で国際投資紛争解決センター(ICSID)の仲裁判定部は、仲裁判定部議長のDavid A.R. Williamsと、スロベニアが代理人に選定したDavid MildonがEssex Court Chambersに所属しているため、スロベニア政府はDavid Mildonに弁護を任せられないと決めた。

仲裁者の多くの地位

仲裁者は、弁護士、あるいは専門家として、証人としてISDに直接参加したり、政府の代表者や諮問を引き受けて政策に影響を与え、学界で問題を提起し、企業の代わりにロビイストとして活動したり、企業の理事会に参加する。これにより彼らは投資仲裁システムを維持し、利益を得る。こうしたことは、仲裁者にとっては平凡なことだ。

ローンスターと韓国のケースも同じだ。韓国政府の代理をしたアーノルド・アンド・ポーターのジーン・カリッチ(Jean Kalicki)とローンスターを代理したシドリー・オースティンのスタニミール・アレクサンドロウ(Stanimir Alexandrow)は、有名な仲裁者でもある。

この分野でとても華麗な履歴を持つ人を紹介しよう。ダニエル・プライス(Daniel Price)だ。プライスは典型的な投資仲裁チャンピオンではないが、一番多くの地位についた仲裁者を選べと言えば、当然プライスが1位だ。

投資協定交渉家、ISDを擁護する企業ロビイスト、企業の利益を防御するコンサルタント、新自由主義を促進するメディア解説者、仲裁者、これらはすべて彼の履歴だ。プライスは過去20年間、何回も回転ドア人事を経験した。プライスは、自分が交渉を促進した投資協定の受恵者だ。米貿易代表部の責任法務諮問委員になり、米露BIT(1992年署名)の交渉をした。彼はもまたNAFTAの投資保護条項について交渉した。彼は投資家-国家訴訟条項を考案し、企業にこの条項を利用して政府に対する訴訟を要求した初の米国弁護士の1人として知られている。

1992年、彼は初めて政府の要職から離れた。彼は投資仲裁産業に無限の利益を創出する可能性を見つけ、その産業を発展させることにした。2002年から2006年に、彼はメキシコ政府を相手にアリアンツ(Fireman's fund insurance)の代理となった。訴訟の間、アリアンツのためにホワイトハウス、米貿易代表部、国務省、商務省にロビーを行った。

また、モンサント、国際投資機構、米国の製薬会社と生命工学会社のためのロビイストとしても活動した。Yukosなどがロシアを相手にISDを提起した2005年から、ホワイトハウスの招請を受ける2007年まで、Yukosが指名する仲裁者だった。

プライスは米国のローファーム、Sidley Austinで国際投資紛争解決担当部で議長として4年間活動した後、2007年にジョージ・ブッシュ大統領の高位級の経済諮問を担当し、また米政府に戻った。

2008年に国際経済危機が頂点に達した時、彼は解決の方向性についての論争に影響を与える位置にあった。彼はG8(東京)でブッシュの特別代表を引き受け、2008年にワシントンで開かれた初めてのG20首脳会談を陣頭指揮した。G20は「私的財産の尊重、貿易と投資開放、競争的市場を含む自由市場の原則について約束すれば、われわれはこの改革が成功するだろうということを認める。開発途上国を含み、われわれは経済的成長に害を与え、資本の流れを悪化させる規制を避けなければならない」と話した。まさにプライスが支持してきた措置だ。

彼は2009年にローファームのSidley Austinに戻り、2011年にまた辞めた。彼はビジネスコンサルタント会社のRock Creek Global Advisorsと独立の法律業務の両方を始め、企業との関係を振興させる計画だ。彼は自分を中立的仲裁者と言い、企業に対し政府の規制を避ける方法についてコンサルティングをする。

投資協定に署名すること

誰もがご存知の通り、投資協定のISDでは、政府に訴訟をすることができるのは企業だけだ。仲裁専門弁護士や仲裁者にとって、この言葉は投資協定がなければ訴訟もなく、訴訟がなければ仲裁者や代理人には選任されないということを意味する。したがって、投資仲裁産業を成長させるには投資協定の締結を要求することが必須だ。

1990年代にJan PaulssonはNAFTA協定11条(投資保護)の交渉でメキシコ政府の諮問をした。そして彼は企業がメキシコ政府に提起した2件のISDで、仲裁判定部を引き受けた。Emmanuel Gaillardは政府の諮問は引き受けなかったが、2010年にモーリシャスで開かれた公開カンファレンスを活用して、モーリシャス政府が投資協定に署名するように奨励した。米政府を代表して、NAFTA11条(投資保護)の交渉を率いたDaniel Priceは、当時メキシコ政府がISDを受け入れるように積極的に圧力を加えた。その結果、メキシコ政府は別名Calboドクトリンと言われる原則-国内裁判所だけが外国人投資家が提起した訴訟の司法権を持つ-を捨てた。Calboドクトリンは、メキシコ憲法の一部だった。その後、プライスは米国企業のTate&Lyle Ingredients AmericasとFireman's fund insurance(アリアンツ)がメキシコ政府に対して訴訟をした時、これらの企業の代理をした。

曖昧な規則、さらに多くの訴訟

前編で言及したように、仲裁機構は特別な仲裁基準や規則は持っていない。投資協定文だけが根拠だ。したがって、投資協定の条項が曖昧であるほど、正確性が低いほど、企業が訴訟をする機会が多くなる。

国連国際貿易法委員会(UNCTAD)は「国際投資協定の条項は、厳密に表現されていない」と指摘した。その結果、投資協定の曖昧な規則を仲裁者がいかに解釈するかに全てがかかっている(UNCTAD 2011)。規則が曖昧なほど、仲裁者の役割が重要になる。

投資家にとって、公正かつ平等な待遇を提供する政府の義務(fair and equitable treatment、公正衡平待遇と呼ばれるようになる)はISDの重要な理由として登場した。

国連国際貿易法委員会(UNCTAD)によれば「投資家が訴訟を提起するとき一番よく依存し、最も成功的な根拠になっている」この条項は、一番質が低く、不明確な条項の一つだ。また、仲裁者が「公正で平等な待遇の概念を広く解釈してきた」と指摘し、「結論は、限りなく不均衡的な接近になる。投資家の利害を擁護し過ぎている」と結論した(UNCTAD 2012)。

2010年5月までに結果が公開されている140件のISDについての統計研究(2012)で、Gus Van Harten教授は仲裁者たちが投資概念、法人投資家、少数株主権、併行訴訟といった問題について、請求人(投資家)に都合がいいように拡大解釈する傾向が強いことを確認した。また仲裁判定では、投資家の国籍が強く作用する傾向を確認した。投資家が米国、英国、フランス、ドイツ国籍であれば、仲裁者は拡大解釈する傾向を見せた。

仲裁者が投資家の代理になる時も同じだ。NAFTA協定によるFireman's fund(アリアンツ)とメキシコの訴訟で、投資家はメキシコ政府が財政的投資を収用したと主張した。これは、メキシコ政府が1997年の金融危機の時に取ったエネルギー措置の結果だった。この訴訟の判定では、NAFTA協定受け入れ条項の解釈が決定的だった。噂によれば、投資家の代理をしたDaniel PriceとStephen M. Schwebelは「収用」が財産権の没収概念より広い方式で解釈されるように主張する82ページの報告書を提出した。

しかし仲裁者たちは、人権と社会権についての国際法の接近は制限的だ。2012年5月にヨーロッパ憲法と人権センター(ECCHR)は、ジンバブエに対して提起された2件のISDについて仲裁判定部に声明書(法廷助言)を提出しようとした。木材農場に関する訴訟だったが、ヨーロッパ憲法と人権センター(ECCHR)は紛争中の農場は先住民の先祖が住んでいた区域にあるとし、裁判の結果が土地に対する土着共同体の権利に影響すると主張した。

Yves Fortierが議長になった仲裁判定部はこうした憂慮を聞くことも拒否した。国際司法裁判所判事のBruno Simmaは、「経済的、社会的権利を考慮することは、投資家国家仲裁では例外」だと指摘した。

投資協定の改革を防ぐこと

ローンスターが選任した仲裁者のCharles Browerが「国際仲裁の基本的な要素を変えるいかなる提案も、仲裁機構には受け入れられない攻撃になる。反対に、こうした基本的な要素を強化する提案は、注意深く考慮されるべきだ」と言う程、投資仲裁システムの変化に反対する。

前編で、リスボン条約の発効後、ヨーロッパの投資政策について仲裁専門ローファームと有名な仲裁者が影響を及ぼす方法について言及したが、米国でも似たようなことがあった。

NAFTA協定の下でカナダの企業から、何回も訴訟にあった米政府が、2004年に1994 BITモデルを修正し、新しいBITモデルを導入した。2004 BITモデルは、米政府が特に保健と環境の領域で統制権を発揮できる政策空間が若干導入されたが、期待できるようなものではなかった。

米政府で要職に付き、20年間国際司法裁判所の裁判官を歴任した有名な仲裁者のStephen M. Schwebelは、こうしたささいな変化さえ非難した。米国を代表して投資協定の交渉をしたDaniel Priceも反対した。最も有名な仲裁者のひとりであるWilliam W. Parkは「こうした政策の変化は問題が多く、海外の米国投資家に相当な被害を引き起こすだろう」と話した。

そして2009年にオバマは大統領候補として、労働と環境に対する義務を強めるために2004モデルを再検討することを約束した。だが2012年に出された新しいBITモデルは、実質的な変化はなかった。2012年5月8日のTPP(環太平洋経済パートナー協定)交渉のために時を合わせて発表されたものだという。

主な変化は、これまでのISDに対する批判を反映させ、投資により「労働と環境」を傷つけないようにすること、「将来は控訴制を導入」してISDの透明性と公正性を強化することだ。だが3人の仲裁者が下した決定により、政府が損害賠償をする構造には変わりはなく、投資家が損害を受けないように国家主導経済を制限したため、実効性については批判的がある。当時、米国政府の諮問委員会の一員だったStephen M. Schwebelは、1994年モデルに戻すことを支持した。

最近では南米国家連合(UNASUR)が、国際投資紛争解決センター(ICSID)に代わる仲裁センターの建設を議論している。エクアドルのコリア大統領は、南米が自主的に紛争解決機構を創立することを提案し、ベネズエラのチャベス大統領もエクアドルの提案を支持している。チリ出身の有名な仲裁者、Francisco Orrego-Vicunaは、「非常に投資家親和的と見なされるICSIDのような機構を代替するという提案は良いアイディアではないと思う。なぜなら、そんな機構はほぼ確実に非常に政府親和的と認識されるだろうし、投資家は満足しないだろう」と主張した。

一方、投資仲裁システムに対する批判が強まっていることで、エリート仲裁者たちは現システムの基本には触れず、妥協する方案を探している。例えばWilliam W. Parkは、政府の統制がきく政策空間を回復させる立場をある程度受け入れ、「さもなくば投資家国家仲裁は投資家の勝利に反発する大衆的な圧力の犠牲になりかねない」と指摘した。

Honatiauはもっと直接的だ。彼は仲裁システムのすべての参加者の役割を再検討し、システムの作動方式の変化を受け入れる必要性を認め、「こうした代価を払うことによってのみ、数十年間、仲裁者は国際的な取り引きの「天賦の裁判官(natural judge)」として残ることができる」と話した。

Jan Paulssonは仲裁機関がさらなる透明性を持つために、紛争当事者が仲裁者を選任せず、仲裁判定部全体を選任するべきだと提案したが、仲裁システムの投資家に親和的な偏向については触れない。彼は国連の国際貿易法委員会(UNCITRAL)の規則に透明性の条項を入れる試みを阻止しようとするバーレーン代表を防御した。Charles Browerは仲裁コミュニティが「システム全体の根本的な再設計を要求しない」程度の大きさの改革だけしか受け入れる準備ができていないと指摘する。つまり、小さな改正を受け入れることで仲裁システムの構造的な変化を未然に防ぐのである。

原文(レディアン)

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2013年2月28日木曜日

ISD条項に関する韓国情報活動家の記事 2

ISD条項に関する韓国情報活動家の記事 「不当なことで利益を得る(1)」の続編、その2です。

不当なことで利益を得る(2)

仲裁専門ローファーム、「彼らだけのリーグ」

[情報共有と知的財産権]「ISD提起の威嚇」だけで政府の政策が挫折

Byクォン・ミラン/情報共有連帯IPLeft/ 2013年2月4日、11:35 AM

昨年、ローンスターがISDにより韓国政府に約2兆4千億ウォンの損害賠償金を請求したという。このとてつもない訴訟を代理するローファームが選定された。 ローンスターと韓国政府(法務部)は、国内の法務法人としてそれぞれ世宗(セジョン)と太平洋(テピョンヤン)を選定し、海外のローファームとしては米国のローファームのシドリー・オースティン(Sidley Austin)とアーノルド・アンド・ポーター(Arnold&Porter)を選定したという。

シドリー・オースティンとアーノルド・アンド・ポーターは、2011年に一番多くのISDを手がけた投資仲裁専門ローファーム上位20位の5位と6位を占めた(下表参照)。今回は、これらのローファームが投資仲裁産業の成長のために何をしているのかを調べてみよう。研究報告書「不当なことで利益を得る-ローファーム、仲裁者、金融業者らが投資仲裁ブームをあおる方法(Profiting from injustice. How law firms、arbitrators and financiers are fueling an investment arbitration boom)」によれば、次のように要約できる。

  • 他の仲裁専門弁護士、仲裁者、資金提供者、学者と友人になれ
  • 政府公務員をスカウトしろ
  • 仲裁者になれ
  • ビジネスを創り出せ。戦争、経済危機、政治的変化に注目しろ。多国籍の依頼人にISDはそうした激変で金を稼げることを納得させろ。 
  • 「投資協定ショッピング(BIT-shopping)」をして、同じような事件で併行訴訟を追求しろ。
  • 政府を脅せ。訴訟の威嚇は政府が進んで諦めたり合意させる。
  • タダで貧しい政府の力量を強化させろ。みんな潜在的な依頼人だ。
  • 投資協定の改革に反対してロビーをしろ。
  • 投資仲裁システムを保護しろ。 

こうしたローファームの行為をこの報告書は「救急車を追いかける弁護士(ambulance chaser)」に例える。これは19世紀末に(交通)会社と被害者に訴訟を誘導し、金を稼いだことから出てきた表現だ。今日、これはグローバルだ。 カナダのヨーク大学(York University)のオズグッド・ホール・ロースクール(Osgoode Hall Law School)のグス・ヴァン・ハートン(Gus Van Harten)副教授は、「仲裁専門弁護士は、単に救急車を追う追撃者ではなく、仲裁者を兼ねて事件を作り出す」と話した。

緊密なコミュニティ、巨大なビジニーズ

国際的には3つのローファームが投資仲裁ビジネスを主導している。英国のフレッシュフィールズ(Freshfields Bruckhaus Deringer)、米国のホワイト・アンド・ケース(White&Case)とキング・アンド・スパルディング(King&Spalding)だ。 Freshfieldsは今までに165件以上のISDを担当した。2011年には3つのローファームが130件のISDを担当した。新規ローファームの進入は難しい市場だ。

ある弁護士は、ICSID(国際投資紛争解決センター)に提起された30件の訴訟のうち25件がヘビー級に行くと推測している。投資家から訴訟を受ける国家、つまり非西欧国家のローファームにはほとんど参加する機会もない。

仲裁専門弁護士は投資仲裁コミュニティの「門番」になって、緊密にコミュニティを維持している。この小さな弁護士グループは、仲裁者とコンサルタント、専門家、証人を行き来して、さまざまな役割を果たす。この小さなグループの中で、仲裁判定部は仲裁専門弁護士を知り、弁護士は仲裁判定部を知る。

仲裁者と弁護士を兼ねることは何回も問題になったが、相変らず認められている。仲裁者となる25人の弁護士がいるFreshfieldsは、この市場を主導している。 また、仲裁専門弁護士はコンサルタントとしても大活躍をしている。

ゲームの不文律を知る者は別にいる

ローンスターが勝つか、韓国政府が勝つか。その答はしばしば仲裁者になってきた英国のローファーム、Herbert Smith FreehillsのMatthew Weinigerに関する大学の講義から知ることができる。彼は国際商業裁判所(ICC)が作った薄い小冊子と英国の法廷規則の2冊を比較して「成文化されていない内容がこれほど多い。 この内容を知っているのが仲裁専門弁護士だ」と学生に説明した。

私たちが仲裁判定の結果が正しいかどうかを確かめる基準になりそうなものは存在しない。数千億ウォンから数兆ウォンにのぼる賠償金がかかる訴訟を全的に仲裁専門弁護士に依存しなければならず、彼らが多額の受託料を受け取るのは当然ではないだろうか?

降参しろと脅すこと

ISDは投資家にとって政治的な武器だ。バッテンフォールとドイツのISDに関与したローファームのLutherは、「すぐありそうな投資協定訴訟の影の下では、解決に到達するのはやさしい」と言う。ISDを提起するという脅しや仲裁意向書を通知するだけで、政府の保健、環境政策などを挫折させた事例は多い。

代表的な例が超国籍タバコ会社からの脅迫で、カナダ政府が進んで禁煙政策を放棄したことだ。NAFTA協定の発表から5年経った時、カナダのある元公務員は「この5年間、新しい環境規制と提案をすると、ニューヨークのローファームから手紙が送られてきた。農薬、医薬品、特許法、ドライクリーニングの化学薬品に関するものだった。事実上、すべての新しい試みがターゲットにされ、ほとんどは陽の目を見なかった」と話した。こうした「予防戦争(pre-emptive strike)」はますます増えるだろう。

BIT(二国間投資協定)ショッピング

仲裁専門弁護士は、最も投資家親和的な協定を選ぶ。別名『二国間投資協定ショッピング(BIT shopping)』だ。超国籍企業は同じ事件に対し、さまざまな投資協定を利用して、同じ政府を相手に何回も訴訟をすることができる。

最も有名な事件の一つが米国の化粧品会社、エスティ・ローダー(Estee lauder)の相続者であるRonald Lauderが米チェコBITとオランダ・チェコBITを利用し、立て続けにISDを提起したことだ。前者は棄却されたが、後者ではチェコは利子とともに保健予算総額にあたる2億7千万ドルを支払うよう命令された。

特にオランダは多くの投資協定を締結しており、「協定ショッピングの出入口(gateway for treaty-shopping)」として有名だ。アムステルダムに基盤をおくローファームのDe Brauwは、オランダを「通じて」、開発途上国とエネルギーが豊富なところに投資しろと国際的に広告を出す。米国のローファーム、Baker McKenzieはオランダにある仲介会社を通じ、中国に投資をしろと依頼人に広告をする。

なぜなら米中投資協定はないが、オランダ・中国の投資協定があるためだ。 オーストラリア政府が2011年4月、今後の協定にはISDを入れないと発表すると、英国のローファーム、Clifford Chanceはまだ外国政府に訴訟をしたがるオーストラリアの企業に「とても人気がある選択」としてオランダを提案した。

増える新しい依頼人、政府を教える

仲裁専門ローファームは、政府が投資協定の交渉をして協定草案を作る時にコンサルティングをして、政策を実行するにあたり、投資訴訟の危険の処理についてもコンサルティングをして、ISDについて教育をする役割もする。

スイスのローファーム、Laliveは、開発途上国の力量強化のための国連機構UNITARのために、投資仲裁について定期的なオンライン教育コースを運営している。貧しい国家の公務員はスカラーシップにより無料で教育を受ける代わりに、ローファームのLaliveは潜在的な新しい依頼人リストを得るわけだ。2011年11月にカナ、ザンビア、リベリア、南アフリカ共和国、ウガンダ、エジプトから来た12人の政府側弁護士が、投資法と仲裁について一週間の訓練を受けた。 この訓練は、Salans、Hogan Lovells、Volterra Fietta、Allen&Overyなどの国際的な大型ローファームがトレーナーを提供し、後援した。

投資協定と仲裁システムの変化を防ぐ

2009年12月、リスボン条約の発効後に、ヨーロッパはいつよりも投資協定に対して論争が続いている。その理由は、まず、リスボン条約が発効するとFTAやBITなど、すべての貿易協定は個別会員国が批准せず、ヨーロッパ議会の批准手続きだけ通れば発効するためだ。二番目は、EUの排他的権限領域がサービス、知的財産権と海外直接投資(FDI)にまで拡大したためだ。

特に、投資部門をEUの排他的権限としたことで、今後EU次元の投資協定を締結する法的装置ができたが、投資政策についてのEU次元の排他的管轄権が完全に確定したわけではない。これによりEUは、共同の投資政策が必要な状況になり、会員国はすでに締結した、あるいは会員国の間で締結されたBITとの関係をどうするのかを決定しなければならなくなった。

2010年7月にヨーロッパ執行委員会は、共同投資規定を立案するための方向を提示する報告書「包括的な国際投資政策の方向(Towards a comprehensive European international investment policy)」で、すでに締結された個別のBITとの過渡的な両立を認める暫定的措置についての規定を提出した。

暫定的措置の内容は、会員国が第三国と締結したBITと、会員国間で締結したBITを存続させるが、EUの法律と合わせて再協議をしなければならず、現在進行中のBIT交渉を続けるということだ。

ヨーロッパの労組と市民社会グループは、長い間、会員国のBITについて整備を要求してきた。具体的にはISDをなくし、投資家に義務を賦課して、さらに正確かつ制約的な表現で投資家の権利を明確にし、政府の統制権をはっきりさせることなどだ。

ヨーロッパ議会が2011年4月に発表した「未来の国際投資政策(Future European international investment policy)」という題名の決議では「投資」、「外国投資家」の概念と範囲を明確に定義し、国家安全、環境、保健、労働者および消費者の権利、文化多様性の領域で政府統制権を保護することを要求した。ヨーロッパ執行委員会は、2012年6月にISD規定案も提出した。

こうした論争に影響を与えるため、国際的な大手ローファームのHogan Lovells、Herbert Smith Freehills、Baker McKenzieは、EUの政策マンを招請して超国籍企業との非公式の論争を行った。ここにはISDを提起したことがあるDeutsche Bankとエネルギー企業のShellも参加した。

そして有名な仲裁者で米国のローファーム、Shearman&Sterlingの弁護士のEmmanuel Gaillardは、EU会員国間のBITを段階的に廃止しようとするヨーロッパ執行委員会の提案について、「惨めな経済的な結果」を招くと憂慮した。彼は最低3件のEU会員国間のBIT訴訟を仲裁してきた事実から、なぜ彼がこの協定を維持しようとしているのかが分かる。

オランダのローファーム、De Brauwは、ヨーロッパ議会の議員に対して既存のBITと高い投資家保護基準を維持すべきであり、特にISDは維持するべきだという内容の書簡を送った。投資保護を労働や環境基準と関連させるなという内容も含まれていた。De Brauwは、オランダ・スロバキアのBITを利用して、スロバキア政府に1億4200万ドルを要求したオランダの保険会社Eurekoを代理している。スロバキア政府は以前、行政府の医療民営化政策をひっくり返し、保険者に非営利目的の基盤で運営するよう要求したことによる。

回転ドア、政府から出たり入ったり

NAFTA協定の交渉家とコンサルタントの何人かは、投資仲裁産業では誰もが知る名前になった。FreshfieldsのJan PaulssonとKing&SpaldingのGuillermo Alvarez Aguilarはメキシコ政府のコンサルタントをし、Daniel Priceは米政府側で交渉した。NAFTAが署名された瞬間、これらの弁護士は企業に対し、政府に訴訟をしろとけしかけた。Jan PaulssonとDaniel Priceは有名な仲裁者でもあり、次回でも議論されるだろう。

仲裁回転ドアに属する多くの人、特に米国では政府と国際機構にバックを持っている。以前は米政府の内部にいて、現在ではローファームのWell, Gotshal&Mangesで働くTheodore Posnerは、そんな人たちが「政府の公務員が交渉する方法と問題を分析する方法を知っている」と話した。

フランスのローファーム、SalansのBarton Legumは、2000年から2004年に米国の国務省で投資家の紛争から米国を防御する代表諮問委員として、新しい投資協定を発展させる支援をした。現在はその時に得た洞察力を利用して金を稼いでいる。NAFTA協定を使い、最低5億2千万ドルの賠償金を米政府に要求したカナダの製薬会社Apotexを代理している。

Legumは有名な仲裁者でもある。米国のローファーム、Greenberg TraurigのRegina Vargoは、30年以上、米政府でCAFTA-DR(米国と中米6か国間の自由貿易協定)のようなFTAと、投資協定での主な交渉家として活動した。 CAFTA-DRの下で初めて提起されたISDで、Vargoは米国の鉄道投資家の代理としてグアテマラ政府から約1200万ドルの賠償金を受け取った。ある同僚によれば、Vargoよりも「CAFTAに密接で、特別な人はいない」と言う。

Anna Joubin-Bretは15年間、開発途上国に投資協定問題についてコンサルティングし、国連貿易開発会議(UNCTAD)にいた。開発途上国を交渉家で埋まった部屋に誘い、結局、数十の投資協定調印国にさせたUNCTADの悪名高い署名パーティーの代表組織者だった。現在は米国のローファームFoley Hoagで政府側を代理して協定草案についてコンサルティングをしている。

上位20位の投資仲裁専門ローファーム

この報告書は、2011年に担当したISD件数について、上位20位のローファームを選定した。ローファームが自ら提供した情報で付けた順位だ。これらの情報は外部的に確認できず、情報を提供しないローファームもあるため、このリストにない国際的な巨大ローファームも投資仲裁産業で、重要な行為者があるかもしれないということを見過ごしてはいけない。

3位になった米国のローファーム、King&Spaldindの履歴を見よう。このローファームには、ワシントン、ニューヨーク、パリ、ロンドン、シンガポールといった主要投資仲裁中心地で活動する50人の仲裁専門弁護士がいる。このローファームの弁護士の何人かは仲裁者としてICC(国際商業裁判所)と仲裁機構にいる。ICSID(国際投資紛争解決センター)の最高重役だったMargrete Stevensは、17年ICSIDに在籍した後、このローファームに移った。前述のように、Guillermo Aguilar-AlvarezはNAFTA交渉ではメキシコ政府のために法的諮問をしていた。このローファームが2012年3月の時点でウェブサイトに公開した37件 のISDのうち35件が投資家を代理した事件だ。

このローファームの成功の鍵は、アルゼンチン政府に対するICSID訴訟での勝利だった。このローファームは2012年2月まで、アルゼンチン政府に対して提起された49件のICSID訴訟のうち、最低15件の訴訟で投資家を代理した。このローファームで国際仲裁グループの共同代表であるDoak Bishopは「アルゼンチンのペソ危機で発生した訴訟について諮問を求める弁護士」と認められている人だ。 彼はアジュリ(Azurix)がアルゼンチンにICSIDを提起した訴訟でアジュリを代理し、1億8500万ドルの賠償金の判定を受け取った。

アジュリは米国のエンロン(Enron)から分社した水企業で、ブエノスアイレスで民営化された上下水システムを買収したが、2000年に深刻な藻類の発生などで、水質に問題が起きた。これについて地方政府が責任を問うたことに対し、ISDを提起した。このローファームの二番目の特徴は、巨大ガス、精油会社のために活動したことだ。90年代中盤に米国の巨大精油会社テキサコ(Texaco)の訴訟を担当し始め、現在はテキサコを買収したシェブロン(Chevron)を代理している。 シェブロンはアマゾンの熱帯雨林で油田掘削による汚染を除去するため180億ドルを支払えというエクアドル裁判所の命令を避けるためにISDを提起した。

乱暴に言えば、投資協定文を作った人とISDの判定をする人と訴訟を代理する人が同じ人だったり、互いに友人になって投資家の利益を保護するシステムを拡大し、そのシステムを利用してISD件数を増やしているのだ。

ローファーム
2011年
ISD数
2011年
収入
2011年
パートナー弁護士
収益
政府側 /
投資者側
有名な仲裁者
備考
Freshfields Bruckhaus
Deringer
(英国)
71 $1.82 billion $2.07 million 双方。主に投資家を代理 Jan Paulsson,
Noah Rubins,
Lucy Reed,
Nigel Blackaby
10年間支配的な投資仲裁専門ローファーム
White & Case
(米国)
32 $1.33 billion $1.47 million 双方
恐らく政府側活動が多い
Carolyn Lamm, Charles Brower
(2005年まで),
Horacio Grigera
Naóon (2004年まで)
2001年金融危機を迎えたアルゼンチンにイタリア債権所有者を代理して数十億ドルISD提起
King & Spalding
(米国)
27$781
million
$1.93
million
ほとんど投資家のために活動 Doak Bishop,
Guillermo
Aguilar-
Alvarez,
Eric Schwartz,
John Savage
米国石油会社Chevronを代理してエクアドルにISD提起
米国企業Rencoを代理しペルーに8億ドルを要求してISD提起
Curtis
Mallet-Prevost, Colt & Mosle
(米国)
20$165
million
$1.54
million
政府
ベネズエラ、カザフスタン、トルクメニスタンなどの政府を代理、2001〜2012年に収益が50%増加
Sidley
Austin
(米国)
18 $1.41
million
$1.60
million
双方
恐らく企業側の活動が多い
Stanimir
Alexandrow,
Daniel Price
(until 2011)
ウルグアイにISDを提起したフィリップ・モリスを代理
Arnold
& Porter
(米国)
17 $639
million
$1.40
million
双方
恐らく政府側活動が多い
Jean Kalicki,
Whitney
Debevoise
カナダにISDを提起した米国製紙会社Abitibi-Bowaterを代理。この会社の工場閉鎖に、カナダ地方政府が伐採権と採取権を撤回したことにISDを提起。その結果カナダはNAFTAでのISD中でこれまで最高の賠償金の1億3千万ドルを支払った。
Crowell
& Moring
(米国)
13 $329
million
$845
thousand
ほとんど投資家のために活動
エルサルバドルが金採堀権を認めず、エルサルバドルGDPの約1%を要求して訴訟したカナダの鉱山会社Pacific Rimを代理
K&L Gates
(米国)
13 $1.06
billion
$890
thousand
双方 Sabine Konradバッテンフォールとドイツとの訴訟でSabine Konradがドイツ政府諮問
Shearman
& Sterling
(米国)
12$750
million
$1.56
million
双方
ほとんどの訴訟で投資家の諮問
Emmanuel
Gaillard,
Philippe
Pinsolle,
Fernando
Mantilla-
Serrano,
Yas Banifatemi
仲裁者Emmanuel Gaillardはこのローファームの最高位者で、投資法と仲裁に対する学問的、政治的論争に絶えず介入
DLA Piper
(米国)
11$2.24
billion
$1.22
million
双方 Pedro
Martinez-Fraga
世界2位ローファーム。ベネズエラを相手にICSIDに提起された何人のISDで投資家を代理
Chadbourne & Parke
(米国)
$306
million
$1.31
million
投資家 不透明な投資仲裁の代表的な例。2011年に11件のISDに介入したがウェブサイトに何も公開していない
Cleary
Gottlieb
Steen &
Hamilton
(米国)
$1.12
million
$2.69
million
双方 Telecom Italiaを代理。Telecom Italiaの少ない投資と欠陥サービスにより、ボリビアがEntelを国有化したためISD提起。その結果ボリビアは1億ドルを支払った
Appleton
& Associates
(カナダ)
$
million
$
million
投資家 NAFTA発効後、初めてカナダに対するISDを提起。精油会社Ethylとカナダの訴訟で1300万ドルの賠償判定を受ける。このローファームは今も定期的にカナダ政府に訴訟を提起
Foley
Hoag
(米国)
$149
million
$1
million
政府 Mark Clodfelter 主に政府のために活動。数人の弁護士が政府にバックグラウンドを持つ
Latham &
Watkins
(米国)
$2.15
billion
$2.27
million
双方 Robert Volterra
(2011年まで)
世界4位ローファーム。アラブの春の後、エジプトの裁判所がムバラク政権下で取得した繊維工場を返還しろとIndoramaに命令したことにISDを提起。
Indoramaを代理
Hogan
Lovells
(米国/英国)
$1.66
billion
$1.16
million
双方
恐らく政府側活動が多い
インドネシアの裁判所がボルネオで英国のChurchillの炭鉱業許可が偽造されたと判決。許可を取り消されたChurchillが20億ドルを要求しISDを提起。Churchillを代理
Clyde & Co
(英国)
$460
million
$915
thousand
双方
恐らく企業側の活動が多い
リビアのカダフィ政権退陣後に初めてリビアで開業した外国ローファーム
Norton Rose
(英国)
$1.32
billion
$620
thousand
投資家のために活動する傾向 Yves Fortier
(2011年まで)
MichaelLee
(2001年まで)
カナダへのISDで投資家を代理してきたカナダのローファームOgilvy Renaultと2011年に合併。
Yves Fortierは2011年まで50年以上このローファームで働く。
Salans
(フランス)
$260
million
$725
thousand
双方
恐らく投資家側の活動が多い
Bart Legum,
Jeffrey Hertzfeld,
Hamid Gharavi
(2008年まで)
Barton Legumは米政府弁護士でいくつかのNAFTA紛争で米国を防御。現在は米国に訴訟をしたカナダ製薬会社Apotexを代理
Debevoise
& Plimpton
(米国)
$675
million
$2.07
million
ほぼ100%投資家を代理 Donald Francis
Donovan
最大の賠償金判定を受けたICSID紛争で投資家を代理。米国精油会社Occidental Petroleumが環境汚染によりアマゾンでオイル生産を中断させられたことでエクアドルに訴訟をして、賠償金17億6千万ドルの判決を勝ち取る

前の記事: ISD条項に関する韓国情報活動家の記事 「不当なことで利益を得る(1)」

原文(レディアン)

この翻訳物の著作権は、原サイトの規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可に従います。

2013年2月27日水曜日

ISD条項に関する韓国情報活動家の記事1

日本でもTPPがらみでISDの問題が注目されるようになって、ISDについて知られるようになってきた。韓国では、韓米FTAでISDが問題になって、今でも議論は続いているのだけれど、Redianという韓国のオンラインニュースサイトに情報共有連帯という市民団体の人がISDに関する記事を書いていて、面白かったのでざっと翻訳してみた。

内容的には2012年11月にヨーロッパのCorporate Europe Observatory and the Transnational InstituteというNGOが作成した"Profiting from injustice"という報告書がベースで、これまで韓米FTAについて提起されてきた問題を加えて再構成したものといえる。とにかく、こういうのを読むと、日本でもTPP参加の議論で大きな焦点になっているISD条項は、相当問題が多いなと思わざるを得ない。もっとも、韓米FTAのようなグローバル協定に反対する立場からの解説なので、問題が多いということを言いたいわけなんだろうし、ぼくもTPPに反対する立場から面白いと思って紹介する次第。

なお、この記事は連載の1回目で、この後もISDに関する数本の記事が続いている。後続の記事についても翻訳して紹介したいと思う。

不当なことで利益を得る(1)

災難の怪物ISDの実体について

[情報共有と知的財産権]さらに多くの戦争、さらに多くの危機、さらに多くのISD

Byクォン・ミラン/情報共有連帯IPLeft/2013年1月23日、6:16 PM

敗訴しないことを望んだ空しい期待

昨年、ローンスターは結局ISD(投資家国家訴訟)を提起した。韓米FTAかっぱらい批准ほどではなくても、私は恐くてどきどきしながら韓国政府が敗訴しないことを見守っていた。

そして最近では医薬品特許をめぐりISDが提起された。昨年11月、超国籍製薬会社のリリーはカナダの特許適格性(patentability)の基準により、自社の注意欠如多動性障害(ADHD)治療剤のストラテラ(Strattera)の使用方法特許(methodof use patent)が無効と決定されたことで、最低1億カナダドル(CDN)にあたる損害を受けたと主張して、NAFTA協定11章(投資)により、カナダ政府に仲裁意向書を通知した。

リリーは1996年1月にストラテラの特許を申請し、2016年1月に満了する予定だった。リリーが獲得した特許(735 patent)は化合物アトモキセチンを成人と子供の注意欠如多動性障害(ADHD)の治療のために使用(use)することについてのものだ。そして2004年12月にカナダで販売許可を受け、商業的に成功したという。

ジェネリック(複製薬)を作る製薬メーカーのノボファーム(Novopharm)が特許無効訴訟を提起し、これにより2010年9月に連邦裁判所は無益(inutility)等の理由で特許無効と判決した。リリーは連邦裁判所の決定に控訴し、その結果、2011年7月に連邦抗訴法院はこれを棄却した。リリーは大法院に上告申請したが2011年12月に棄却された。

WTO加入国に対し、知的財産権保護の最低の基準を強制するトリップス(TRIPS)協定は、特許適格性の基準として新規性(new)、進歩性(inventive step)、産業適用可能性(capable of industrial application)を要求する。

つまり、既存のものとは違う新し、さらに良い発明でなければならず、その発明を発明者一人が利用するのではなく、産業的に利用する可能性があれば特許権を与えられる。

だがこの三つ基準の概念について、トリップス協定は具体的に定義していないため、国家ごとに解釈が違う。これはトリップス協定が認める数少ない柔軟性(flexibility)あるいは主権の領域の一つだ。

だがリリーは、カナダのすべての司法的手続きを取って特許無効判決を受けたが、これこそNAFTA協定11章(投資)の収用条項、最低基準待遇条項、内国民待遇条項違反だと主張した。リリーはカナダ裁判所がストラテラの特許を無効化したのは直接受け入れに該当して、これによってストラテラを製造、販売する排他的権利に関する価値(value)を破壊する効果をあげたとし、これを間接収用と見た。

実際、投資条項は投資家の解釈次第で司法権を侵害する。そして保健、環境、労働などの目的による国家の政策や制度もISDを避けられない。

だがNAFTA協定はISDを認めているので、もう元に戻すことはできない。私はカナダ政府が敗訴しないことを願っていた。ところが昨年11月に発表された研究報告書「不当なことで利益を得る-ローファーム、仲裁者、金融業者が投資仲裁ブームを煽る方法(Profiting from injustice. How law firms、arbitrators and financiers are fueling an investment arbitration boom)」を読んで、私の期待が空しいことこの上ないことを知った。


民主弁護士会のISD関連記者会見資料写真(写真は民主弁護士会)

「投資仲裁産業(arbitration industry)」の成長

2011年末までにISDを含む協定は3000本を越える。主に二国間投資協定(BIT)で、FTAに含まれる投資部門、そしてエネルギー憲章条約(Energy Charter Treaty)のような多国間協定がある。

世界銀行傘下にICSID(国際投資紛争解決センター)ができてから30年経った1996年まで、38件のISD提訴しかなかった。だが90年代後半から訴訟が急速に増えた。2011年末までにわかっているISDだけで450件あった。主に南半球の政府を対象にするものだ。だがほとんどの訴訟が秘密裏に行われたため、実際の訴訟件数ははるかに多いだろう。

2011年にアメリカの弁護士雑誌(American Lawyer magazine)の報告によれば、最低1億ドルになる非公開の投資仲裁訴訟は151件だった。

一般的に投資仲裁手続きは、投資家が政府に仲裁意向書を通知すると、投資家と政府は仲裁裁判所を選び、それぞれ1人ずつの仲裁者を選んで共に議長を選択し、仲裁判定部が構成される。

秘密裏に本訴訟が進められ、3人の仲裁者が被害の類型とその規模、賠償金を決める。政府が賠償金の支払いを拒否すれば、政府の財産を差し押さえることができる。

一番よく選ばれる仲裁裁判所はワシントンにある世界銀行傘下の国際投資紛争解決センター(ICSID)、二番目は国連国際貿易法委員会(UNCITRAL)だ。この他にハーグにある常設仲裁裁判所(PCA)、ロンドン国際仲裁裁判所(LCIA)があり、パリの国際商業裁判所(ICC)とストックホルム商業裁判所(SCC)はビジネス機構での投資紛争を扱う。これらは「投資紛争産業」になった。

賠償金額だけでなく、仲裁者、証人、専門家、弁護士に支払う法務、行政費用そのものがとても高い。OECDは情報が伝えられている事件の法務費用が平均800万ドルを越え、場合によっては3000万ドルを越える場合もあることを確認した。

フィリピン政府はドイツ航空会社のFraportが提起した2つのISDを防御するために5800万ドルを使った。これは12500人の教師1年分の賃金にあたり、380万人の子供に結核、ジフテリア、ポリオなどの予防ワクチン接種費用で、2つの空港を作れる金額だ。

ある仲裁産業内部の者は、法務費用の80%以上を諮問に使っていると推測する。仲裁弁護士は勝訴せず、有利な合意を引き出しただけでも相当な手数料を受け取る。上位20の仲裁ローファームのパートナー弁護士は、時間当り1000ドル受け取る。

米国のローファームKing&Spaldingは、ある訴訟で依頼人に賠償金1億3300万ドルの80%以上を要求したと伝えられる。仲裁者もまた一日の手当て3000ドルに加え、移動、居住費を受け取る。訴訟で負けた側がいつも相手側の法務費用を払うわけではない。両者に裁判、行政費用をそれぞれ支払えという仲裁判定が行われるケースが一番多い。この話は政府が訴訟で勝っても納税者は金を払わなければならないということだ。

Plasma Consortiumのブルガリアに対する訴訟で、ブルガリアは結局詐欺だという判決になったこの訴訟を防御するために約1300万ドルの法務費用を使った。だが仲裁判定部はPlasma Consortiumにブルガリアの法務費用のうち700万ドルだけを支払うよう命令した(ブルガリアはこれさえ全額を回収できなかった)。当時、ブルガリアは看護師の不足による保健医療危機を解決しようと努力していた。その金があれば、1796人以上の看護師の賃金を支払うことができた。

しかし財政的な負担は始まりでしかない。こうした訴訟ブームから利益を得る法的産業がある。この報告書は「投資仲裁産業」の主な行為者であるローファーム(仲裁弁護士)、仲裁者、金融業者(資本家)の行為とネットワークの実状を見せ、これにより国際投資体制がいかに維持され、拡大しているかを見せる。

投資仲裁産業は、単なる国際投資法の受動的な受恵者ではなく、とても積極的な行為者だ。彼らは超国籍企業と強い個人的、商業的なきずなを持ち、国際投資体制を活発に防御する学界で顕著な役割を果たす。

政府を訴訟にかけるすべての機会を追うだけでなく、国際投資体制のいかなる改正にも反対する成功的かつ強力なキャンペーンを行なっている。政府(あるいは納税者)が敗訴しなくても損害で、敗訴すればなおさら損害だ。

地球的、国家的危機はISDの機会

国連は、ISDが財政、経済危機に対処する政府の能力を深刻に阻害することを認めた(UNCTAD. 2011)。アルゼンチンが2001年に経済危機に対処するための経済改革プログラムを行ったところ、40件以上の訴訟を受けた。2008年末までに12件のISDについての判定を受けた結果、アルゼンチンが支払う賠償金は11億5千万ドルにのぼった(Luke Eric Peterson. 2008)。これはアルゼンチンの15万人の教師、または10万人の医師の年間平均賃金にあたる。

ギリシャが財政危機を迎えると、仲裁弁護士は企業にISDをけしかけた。ドイツのローファーム、Lutherは、依頼人に借金を返すことを敬遠する国家では国際投資協定を基盤として訴訟をすることができると話した。そして「ギリシャの淫らな財政的処身(Greese's grubby financial behaviour)」は、気分を害した投資家に賠償金を要求する確実な理由を提供すると提案した。

米国のローファーム、K&L Gatesは2011年10月依頼人のための要約報告書でアルゼンチンに対する仲裁訴訟の一つを分析し、次のように書いた。投資協定仲裁は、「政府の債務不履行による投資損失の被害を回復させられる」、「現在の財政危機が世界的になれば、債務機関による構造調整により損害を受ける投資家に希望を提供しなければならない」。このローファームはギリシャを投資協定により、投資家の投資を保護できるかどうかを調べなければならない国家だと認識している。

また、ローファームは依頼人が政府との負債構造調整交渉で「交渉の道具」としてISDを利用し、政府を威嚇するべきだと提案した。米国のローファームMilbank、オランダのローファームDe Brauw、英国のローファームLinklatersはすべて同様の方針を持っている。2011年にMilbankのパートナー弁護士の収益は250万ドルまで上がったが、ギリシャの25歳以下の労働者の一か月の最低賃金は510ユーロ(660ドル)だった。_ 2012年3月にEUとギリシャに金を貸した銀行、ファンド、保険者は、長い交渉の末にほとんどが償還期間を緩和することに決めた。しかしすぐいくつかのローファームが債務スワップを受け入れることを拒否し、融資機関の代わりに数百万ドルの損害賠償を要求すると発表した。

ギリシャの負債危機に対する訴訟は、非常に収益性が高い投資仲裁ビジネスの一例でしかない。2011年にリビアに内戦が発生した時、ローファームは超国籍コミュニティに対し、リビアでの彼らの利益を守る方法についての広告を出した。

英国のローファームFreshfieldsは「設備と個人の安全と保安に関して」リビア政府が約束を守れなかったことについての金銭的補償を請求するために投資協定を利用することができると提案した。米国のローファームKing&Spaldingも、2011年5月に「リビアの危機:石油会社とガス会社に有効な法的選択肢は何か(Crisis in Libya:What legal options are available tooil and gas companies?)」というの題名の『依頼人警報(client alert)』を発行し、リビアの石油、ガス会社にISDへの関心を高めた。

保健、社会安全、環境、労働政策は高価なビジネスチャンス

仲裁弁護士にとって、公衆保健、社会安全、環境、人権を保護する政府の規制は収益性の高いビジネス機会だった。ドイツのローファームLutherは「助けて。収用される!(help、I am being expropreated!)」というの題名のブローシャーで、投資仲裁の機会として新しい税金、新しく導入された環境法、政府規制により下げされた価格などのシナリオを広報した。

ハンガリーが2011年に莫大な公的負債を減らすために収益性が高い企業に税金を導入すると、米国のローファームK&L Gatesは企業が選択できる投資仲裁を提案した。インドが2012年3月に抗ガン剤のネクサバールの薬価があまりにも高いため、強制実施を発動すると、米国のローファームWhite&Caseは特許権を持つ超国籍企業に「BIT下で安息所を見つけるだろう」といった。

スウェーデンのエネルギー企業、バッテンフォール(Vattenfall)がドイツ政府に訴訟をしたのも同じだ。2012年の福島原発事故の後、ドイツ政府が原子力エネルギーを段階的に廃止することに決めると、37億ユーロ(46億ドル)を要求してISDを提起した。

ドイツのアンゲラ・メルケル政府は2010年に原発の段階的廃棄方針を変更し、古い原発の運転期間を8〜14年延長した。バッテンフォールはドイツ政府の当時の決定を見た後、ドイツ、ハンブルグ付近の原発に7億ユーロを投資した。

しかし、メルケル総理は2011年3月、日本で福島原発事態が起きると既存の政策をひっくり返し、二つの原発を含む8つの原発を直ちに閉鎖し、2022年までにドイツ内の原発をすべて閉鎖することにした。

これに対し、バッテンフォールは自分たちの投資がすべて吹き飛んだと主張してISDを提起したのだ。バッテンフォールは、エネルギー憲章条約(Energy Charter Treaty)の「国家は投資家に対し公正で公平な待遇をしなければならない」という条項を今回の原発訴訟の根拠とした。これは、韓米FTAにも含まれている。

バッテンフォールは2009年にもハンブルグ・モーアブルクの石炭火力発電所に対するドイツ政府の環境規制に対し、14億ユーロ(19億ドル)の賠償金を要求し、エネルギー憲章条約を根拠としてICSIDに提起し、2010年にドイツ政府の賠償を受け取ったことがある。

オーストラリア政府は世界保健機構(WHO)の勧告を受け入れ、タバコの箱にブランドごとにデザイン、色、ロゴを表記せず、薄緑の箱(generic olive green packets)に製造会社・商標名を小さな文字で表記し、口腔癌、視力を失った眼球のように喫煙関連の病気の写真と共に警告の文句を大きな文字で表記させる法律を制定した。


オーストラリア議会の禁煙法決定で推進されたタバコの外箱の模型。これにタバコ会社は訴訟で対応した

2011年11月にこの法案が通過すると、香港のフィリップ・モリス・アジアは香港オーストラリア投資協定(BIT)を通じてISDを提起した。そして2011年12月にはフィリップ・モリス、ブリティッシュアメリカ・タバコ(BAT)、ジャパン・タバコ、インペリアル・タバコの4社が、オーストラリア政府の措置は知的財産権(商標権)を侵害し、違憲の可能性があるとし、オーストラリア高等法院に訴訟を提起した。2012年8月15日、オーストラリア大法院は合憲と判決した。だがISDは進行中だ。フィリップ・モリスはカナダのタバコ規制政策に対してISDを提起すると威嚇し、カナダのタバコ規制政策を無力化させている。

南アフリカ共和国の長い間の人種差別制度による不平等を是正するために、2004年1月、大統領は黒人経済育成法(Black Economic empowerment Act)に署名した。黒人が経済活動に参加する機会と恩恵を保障するため、企業に対し黒人管理者の割合、黒人の所有限度、黒人労働者の割合などを基準として点数を付け、政府の入札や銀行融資を優先的に支援する制度を用意した。

これに対して2007年にイタリアの鉱山会社Piero Forestiをはじめ、多くの企業が南ア・イタリアBIT、南ア・ルクセンブルクBITを通じ、ISDを提起した。南ア共和国の政府がこれらの企業に新しいライセンスを与えることで合意した後、2010年8月に仲裁が終了した。

このように、ローファームは国家に対して訴訟をするあらゆる機会を探す。企業に対し、訴訟の機会についての情報を絶えず知らせることは、仲裁弁護士にとっては一番基本的な仕事だ。戦争や経済危機のような地球的、国家的な危機状況は、仲裁弁護士が利益をあげる機会になる。

そして、保健、環境、労働政策さえISDを避けられないのではなく、むしろこうした公共政策が仲裁弁護士にとってはIDSの最優先の対象だ。だが投資家がISDを提起した時、勝算があるか、少なくともISDを提起することが利益につながる構造があるからこそ、「投資仲裁産業」がこのように成長できたのだろう。なぜ可能なのだろうか?

原文(レディアン)

この翻訳物の著作権は、原サイトの規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可に従います。

2013年1月7日月曜日

「靖国放火犯」の本国送還

韓国の日本大使館に火炎瓶を投げた中国人が、靖国神社の門に放火したという容疑で、日本側が日韓犯罪人引渡協定により身柄の引渡しを要求していた件で、韓国政府はこれを拒否し、容疑者を中国に帰国させた。日本政府は 「『(日韓犯罪人引き渡し条約を)事実上まったく無視した』と批判」したという(日経の記事)。「事実上」という単語がついているあたりが面白い所で、「まったく無視した」と断言することはできないということだろうか。
報道によれば日本政府は「今後、『政治犯』の定義などの見解について、韓国側に明確な回答を求める」という。すると日本は韓国での裁判所の決定書も検討せずに「事実上まったく無視した」と非難しているということになり、それはそれで問題がありそうな気がする。ただし、この裁判については日本政府関係者や報道関係者は綿密にフォローしていたようだけど。

このあたりが気になったのでいろいろ調べてみたのだが「靖国放火」が政治的犯罪かどうか以上に、「靖国放火犯」の存在そのものが政治的な存在になってしまっている。いや、そもそも「靖国」という存在が政治的な存在なので、必然的にそれを取り巻くすべての事件は政治的な事件になってしまう。
しかし、今回の引渡し拒否については特に、日本が放火容疑者の劉さんの引渡しを要求したあと、中国が国を挙げて劉さんのサポートにまわったという点で国際的な政治問題になってしまった。今回の裁判では中国政府が韓国有数のローファームと契約して韓国最高の弁護士を何人も雇い、劉さんの弁護をさせたという。日本政府は、日本大使館放火事件で逮捕された容疑者が靖国放火を自供して以来、何度も韓国政府に容疑者の身柄引渡しを要求してきたという。そして中国政府は、彼は政治犯であり、中国に送還するようにと求めたという。朝鮮日報のコラムによれば、中国の公安関係者が日本の要求に応じれば深刻な外交問題になると脅しをかけたという。ちなみにこのコラムは送還決定前に書かれたものだが「弁護人は送還が決定されると信じている」と書いている。
いずれにしろ韓国外交部は、日本と中国の板挟みになって、どっちに引き渡しても反対から非難され、外交的に苦境に陥ることになってしまった。

韓国政府は、政府としての判断をせず、司法に判断を丸投げして司法判断に従う、という手を使ったわけだが、韓国の報道によれば、韓国の裁判所は、判例もない裁判で苦労したそうだ。豪華弁護団がついていなければ、引渡しの決定が出ていたかもしれない。とにかく裁判所は海外の事例や学説などを検討して、「絶対的政治犯罪」、「相対的政治犯罪」のうち、今回の件は「相対 的政治犯罪」にあたるとし、これが一般犯罪なのか、政治犯罪なのかの判断の基準として、(1)犯行の動機が個人的か政治的か、(2)犯行の目的がその国の 政策を変化させようとするものか、(3)犯行の対象が象徴するものの政治性、(4)犯行と政治的目的に有機的関係があるか、(5)犯行の法的·事実的性 格、(6)犯行の手段、あるいは方法の残虐性の六項目を設定、これについて検討した結果、「政治犯罪にあたる」という結果を出したという。
なお、弁護団は劉さんが日本に引き渡された場合、政治的な差別を受ける可能性があるという主張をしていたが、これについては政治犯罪の判断基準には含まれ なかった。

ぼくは法律には疎いので、日韓のどちらの主張が正しいのか判断することはできないのだけど、ネットなどで見かける「放火やテロを奨励するような内容」(産経)といった雑な議論ではない。
また差別の可能性や政治的裁判の可能性を判断基準にすると、日本の司法が信頼できないという意味になって、外交上の大問題に発展しかねないからなのだろうが、日本では天皇だの靖国だのがからんだ裁判は被告にとって相当不利になるのは明らか。日本政府は「一宗教施設への単なる放火犯であって政治犯ではない」と主張しているが、反靖国運動などへの超法規的な弾圧を考えれば、靖国放火犯が「単なる放火犯」として扱われるとは思えない。これは中国政府としての立場でも同じで、「単なる放火犯」ではないと見ているからこそ国家的にバックアップしているわけだ。

ところで韓国の裁判所は、劉・元受刑者の認識と見解は大韓民国憲法の理念や国際機関、大多数の文明国が目指す普遍的価値と一致していると判断したという。これはいかにも韓国的だなと思う。ぼくの主観的な印象なのだが韓国の裁判では、大義や法の理念といったものが重視され、情状酌量の余地も日本より広いように思う。悪く言えば、最後まで頑張って世論を味方に付ければ勝ち、みたいなところがある。おかげで法による救済が困難なケースでも救済されるという肯定的な結果になることもあり、逆に法で処罰されるべきケースでもうまいこと逃げてしまうという否定的な結果になることもある。韓国では、有能な弁護士を雇える金持ちは裁判にかけられても無罪になり、弁護士が雇えない貧乏人は有罪になるという「有銭無罪・無銭有罪」という言葉があるほどだ。
今回の引渡し拒否の決定も中国政府のバックアップを得たおかげで、「有銭無罪」になったケースだと言えるのではないかと思う。

世界のそれぞれの国にはそれぞれの制度があり、正義がある。急速なグローバル化は、そんなそれぞれの国の事情を平準化しようとしているのだが、それはそれでまた問題の火種になる。最近話題のTPPのISDS条項も、国によって異なる制度の問題を解消しようとする試みの一つで、日本でもこれを問題視する人は少なくない。同時に、グローバル化は何らかの共通の価値観を必要としているのも事実で、韓国の中でも今回の件で容疑者の引渡しを拒否したことは国際条約の理念から見て正しくないという意見もある。実際、韓国政府としてはどうやら容疑者を引渡したかったように見受けられるが、その場合に予想される対中国関係の悪化や国内的な反発で悩んだようだ。
ちなみに、欧米の反応を調べてみたが、欧米人が書いたと見られる英文のブログでは「日本に引き渡すべきだった」という文章が数件見つかったものの、主流メディアはこの件については単に事実を伝えているだけだ。どうやら日本政府が考えているほど「(日韓犯罪人引き渡し条約を)事実上まったく無視した」というようなものでもなければ、韓国政府が望んでいるように純粋な司法判断として処理できるようなものでもないということではないと解釈することもでき、「また日韓がバカみたいな綱引きをやってるし…」という無関心の現れなのかもしれない。

結局、この種の問題を解決する方法は、相互の理解と信頼でしかない。そして相互の理解と信頼がなければ、「一宗教施設への単なる放火」が国際的な外交問題になってしまう。そして韓国も中国も、少なくとも靖国や従軍慰安婦といった問題に関しては、全く日本政府の主張について理解も信頼もしていない。そして日本は韓国や中国の態度に不信を募らせるばかりだ。
こうした日中韓の三か国の不信と感情的なギャップは、戦争責任があり、アジアで最も進んだ民主的国家だと自慢する日本が率先して埋める努力をしなければ、永遠に狭まることはないだろう。中国や韓国を「遅れた国家」だと考えている人も少なくないようだが、それほど誇り高い日本が中国や韓国と同じレベルで「お前が悪い」、「そっちこそ何だ」といがみあっているようでは、まあ、何ともみっともない話である。今の段階で、韓国や中国が納得できるような努力をすることができるのは、安倍首相だけなのだけどねえ…

2012年12月23日日曜日

韓国の大統領選挙

韓国の大統領選挙は結局、「独裁者の娘」で「初の女性大統領」の与党セヌリ党の朴槿惠が、野党民主統合党の文在寅を破って当選した。

選挙戦は、早くから立候補を決めていた朴槿惠有利という雰囲気の中、昨年のソウル市長選挙で市民候補の朴元淳を勝利に導いた安哲秀の動向が注目されていた。野党圏はぎりぎりまで候補の一本化がまとまらなかったが、結局、最終的に安哲秀が文在寅支持を表明、一気に野党候補の支持率が高まった。そして選挙前の世論調査では、与野の支持率の差は5%程度にまで縮まり、投票日に突入することになった。

結果は与党の勝利となったが、もし、野党側がもっと早くから候補の一本化に成功していれば、または最終的に安哲秀で一本化していれば、異なる結果になった可能性は高い。しかし歴史にIFはないという。野党候補一本化の遅れには、それなりの理由があった。選挙に敗北したのはあるいは必然だったのかもしれない。

個人的な見解だが、今回の選挙の結果は、与党の周到なイメージ戦略が功を奏したこと、野党は親盧派の傲慢や、改革を望む声を受け止められなかったこと、盧武鉉政権の失敗を清算できないまま親盧派の候補で選挙に突入したことなどが大きな要因になったと考えている。簡単に言えば、与党は民心が求めているものを鋭く読み取り迅速に対応したのに、野党や進歩陣営は、古い観念に囚われて民心を読み誤ったということだ。

社会秩序を重視する保守系政権が続くことになり、今後さまざまな社会運動への締め付けが強まることはあっても、決して弱まることはないだろう。しかし韓国の左派勢力にとって、今回の大統領選挙での敗北が意味するものは、単にまた五年間を保守政権の下で暮らさなければならないということだけではない。元々、労働運動などの中でも左派に属する勢力は、リベラル保守の野党候補には大きな期待は抱いていなかった。しかし4月の総選挙の前に、民主労総が支持していた民主労働党が親盧派非主流派の参与党と共に作った統合進歩党が内部的な問題で分裂したことから、左派勢力間の対立は修復不可能な状態になり、大統領選挙への対応で方向性を打ち出せないまま幹部をはじめとする有力者のグループが個別に動いた。そして大統領選挙での野党の敗北が、こうした分裂状態にとどめを刺した形だ。民主労総が掲げる労働者政治勢力化の方針が大幅に後退したばかりでなく、組織の求心力の低下、政治的発言力の低下で現場の闘争や労働運動全般への影響も避けられない。

では今回の与党勝利につながった韓国の民心とは何だったのか。とても一言でまとめられるようなものではないが、社会全体の保守化、古い対立の政治への嫌悪、有権者の要求の変化などがある。これらの要因について、ここでは特に「外国人」の立場から見た韓国の社会状況と、その選挙への影響について書き留めておくことにする。なぜなら、今回の韓国の大統領選挙をめぐる過程は、日韓で具体的な現れ方は違っても、日本の状況に通じる部分がある。グローバル化する経済の中で、地理的にも歴史的にも近い関係にある日韓両国が置かれた状況を、韓国の大統領選挙というフィルターを通して振り返る材料になると思う。

■若年層の政治意識と脱イデオロギー

今回の選挙は、リベラル指向が強い若年層の投票率が勝敗を左右すると言われていた。若年層の投票率が上がれば野党有利、低ければ与党有利と言われていた。実際には、若年層の投票率もそれなりに高かったのだが、むしろ保守的な指向が強い中高年層の投票率が上がったことで、保守系候補の勝利につながったと言われる。まず若年層の意識について分析してみよう。

日本から見ると、韓国の若年層の政治意識や社会意識はずいぶん高いように見えるが、韓国人に聞くと「そうでもないよ」と言う。考えてみれば、韓国人は日本人よりおしなべて政治意識が高い。韓国的な基準からすれば、若年層は政治意識が「低い」ということらしい...のだが、本当だろうか。

既存の韓国の政治活動家にとって「政治」とは、極端に言えば、たとえば南北統一、反米自主、民主化、社会主義といった分野の用語を駆使し、「悪い権力」に身をもって立ち向かうことだった。だが「反米自主」だの「労働解放」といった言葉は、政治的な民主化を勝ち取り、経済的にも豊かになった今の韓国の若い世代には以前ほど響かない。特に韓国では国是のような「統一」に対しても若年層の反応は冷めている。以前のような左翼的なスローガンへの反応も鈍く、韓国の厳しい資本主義社会の現実の中で必死に生き残ろうとする若者たちには、時として「保守化」というレッテルが貼られたりもする。

もちろん、分断国家の韓国は、21世紀になった今も古い冷戦構造の中にあり、そして韓国の労働者たちは今も厳しい労働搾取にさらされている。それで既存の韓国の政治活動家たちは、どうすれば若い人たちに「政治」に関心を持ってもらえるのかと一生懸命に考える。だが2008年の大キャンドル集会や2011年の希望のバスなど、韓国の若い人達は既存の活動家が思いもよらない方式で大量動員を実現したことを目の当たりにして、古い活動家は頭を抱えた。これらの新しい社会運動は、旧来の左右の理念的対立や運動の方法論の枠組みから大きく外れていたからだ。

「保守化」は単に若年層ばかりではない。韓国全体が保守化している。その中で、若年層は既存の「保守か進歩か」という政治的議論の枠組みに対する関心が薄いのは事実だろう。それを政治的意識の低下と認識すべきではなく、古い進歩的スローガンに反応しないことを保守化と認識することも正しくない。それは単に進歩陣営が、人々の共感を呼ぶような新しい進歩的議題の提出に失敗しているだけなのだ。

ところでキャンドルデモのような韓国の若年層の最近の社会的・政治的な活動についてはさまざまな議論があるが、ある韓国人の活動家は「結局、オレたちの時代の運動はそろそろ寿命なのかもしれない」、「オレたちがするべきことは、彼らに運動を教えることではなく、彼らの方式の運動を認めて、彼らを支えることなんだろうな」と言っていた。

■進歩の衰退

韓国はこの数十年間に大きく政治的構造が変化し続けてきた。1980年代後半まで続いた軍事独裁、その後の盧泰愚、金泳三の一定の民主化の過程を経て1990年代後半にリベラル保守指向の金大中は事実上、韓国の民主化を確立したといっていいだろう。それに続く盧武鉉は政治的には左派色が強まったが、李明博で保守に回帰した。

さて、韓国進歩勢力の衰退を語る前に、韓国の左派、あるいは進歩勢力の構造を整理しておきたい。韓国の「進歩」を日本でいう「左翼」の概念で理解すると混乱しかねない。

韓国の進歩は、反独裁・民主化運動という大きな流れの中に、反米・南北統一を目指す統一運動の流れ、労働組合を中心とする労働運動の流れなどがある。それぞれの流れは矛盾するものではなく、時には協力し合い、時には独自の色を強めながら今に至っている。

今回の選挙で文在寅を擁立した野党の民主統合党は、本流の金大中の流れをくむリベラル系保守政党だが、さらに急進的な主張を掲げる統合進歩党、進歩新党などがある。無理を承知であえてレッテルを貼るとすれば、統合進歩党は統一運動系、進歩新党は労働運動系と言える。ちなみに、韓国での「進歩」は、日本の「左翼」に近い「急進的」というニュアンスがある。そのため統合進歩党や進歩新党は「進歩政党」と呼ばれるが、民主統合党は一般的に「進歩」とは若干の距離がある。ただし、保守系からは民主統合党内部の進歩指向の部分について「アカ」攻撃が加えられる場合もある。

しかし、こうした旧来の政治的な構造には包括しきれない層が誕生している。軍事独裁の時代は遠くなり、反独裁・民主化というスローガンはすでに聞かれなくなって久しく、南北の経済格差の開きや最近の北朝鮮の理解に苦しむ軍事的挑発は従来の方式の統一運動への関心を低下させ、二極化の弊害は高まっているとはいえ、全体的な生活水準の向上で、激しい労働運動への共感は得にくい。その中で、環境、女性・移民などの少数者、社会的格差、過度な競争、教育問題といった、従来の枠組みでは捉え切れないテーマが社会的な問題になっているが、既存の進歩政党はこれらの問題に適切な対応ができず、有権者からの支持を失いつつある。

問題の根底には、それぞれの政党が変化した社会にあわせた自己改革が進んでいないことがあると言われている。特に春の総選挙の前に、進歩を指向する政治勢力は小異を捨てて団結し、強大な与党に対抗する力をつけなければならないという統合の動きが活発になった後、統合勢力の中での主導権獲得の争いが激化し、結局は分裂してしまった。野党最大勢力の民主統合党も、大統領候補を決める過程で、盧武鉉政権を支えた「親盧派」と呼ばれる主流勢力がかなり強引に自派の候補を押し通した。親盧派の動きは、その後、安哲秀勢力との候補単一化でも問題になる。

こうした政党内部のセクトや派閥の力学を前提とする動きの中で、一般の党員や有権者の声はなかなか反映されない。そんな古臭い政治の姿を露骨に見せつけたリベラル、進歩勢力は、有権者、特に若い有権者の離反を招くことになったのだろう。

なお古い政治の枠組みという点では、今回朴槿恵候補を当選させたセヌリ党も似たようなものだが、朴槿恵は総選挙を控えて大胆な党の改革に取り組み、党名をハンナラ党からセヌリ党に変更、イメージカラーを韓国保守層が最も嫌う「赤」にすることで、大衆的に「朴槿恵のセヌリ党は以前のハンナラ党ではない」という強い印象を植え付けることに成功し、総選挙での勝利を勝ち取っている。

■「新しい政治」の台頭

最近の新しい社会問題について、各地の大学生を対象とするワークショップなどでアピールを続け、浮上してきたのが、安哲秀を中心とする勢力だ。大企業中心の社会システムの問題、それに対応できない既存の政党政治の問題などを提起して「新しい政治」を掲げる。

古い枠組みの中で特別な人たちが語る、どこか遠い世界の「政治」には関心を持たない若年層も、これまで政治が語ろうとしなかった自分たちの問題について、自分たちの目の高さから語りかける安哲秀の「政治」に熱い支持を送った。

安哲秀は医者出身のIT技術者/経営者で、ソウル大学校融合科学技術大学院院長という肩書きを持つエリートだ。韓国の社会システムの中では特権階級に属する。決して労働者や貧民を代弁できるような経歴を持つ人物ではないが、現在の社会システムがいかに不公正なルールで維持されているのか、その矛盾を身を持って知る人物でもある。

彼は政治的な経験もなく、政治的な立場や実力は必ずしも明確ではない。発表された公約を見ると、特に具体的な問題に関する部分は、やや観念的な机上のプランという印象も受ける。しかし率直な社会批判、そして特に現在の政治に対する強い批判は、若年層を中心に高い人気がある。昨年のソウル市長選挙で強力な与党候補を破り、市民活動家の朴元淳が当選した背景には、安哲秀の強い支持があった。

彼の今回の選挙での主張は、「政権交代」ではなく「政治交代」だった。古い政治の打破、古い政党の解体、そして新しい政治を訴えた。彼が提示した選択肢は、野党か与党かではなく、保守か進歩かでもなく、古い政治に安住するのか、それとも新しい政治を切り開くのかという選択だったと言えるだろう。

政治に無関心とされていた若年層が、そんな安哲秀の主張に支持を送った。与党支持者も、これまでの野党に失望した人も、そして若年層ばかりでなく、年代を超えて多くの人々が安哲秀に期待を寄せ、「安哲秀現象」という言葉まで生まれた。

■盧武鉉の亡霊

金大中政権を引き継いだ盧武鉉は、議会から弾劾されても圧倒的な支持で大統領に返り咲くほどに強く国民的な支持を受けた大統領でもあった。慶南なまり丸出しの語り口や、人間臭い性格の持ち主だった盧武鉉の人気は今も高い。今回、野党陣営はそんな盧武鉉大統領の右腕と言われた文在寅を大統領候補に擁立した。

しかし、盧武鉉政権の五年間に対する評価は交錯する。一部の支持者からは今も肯定的な評価を受けているが、一般的な評価はかなり厳しい。盧武鉉は、政治的には進歩の立場を取ったが、経済的には市場原理主義的な新自由主義経済政策を取り、それにより発生した労働争議には厳しく実力で対応した。李明博政権の初期に大規模な韓米FTA反対デモが起きたが、強い反対を押し切ってその韓米FTAを締結したのは、まさに盧武鉉政権だった。そして今回の大統領選挙の行方を決めたと言われる50代前後の世代は、まさに盧武鉉政権の新自由主義的な政策で職を失ったり、住宅価格の高騰などで経済的な打撃を受けた世代だと言われる。

「労働者の涙を拭う」と言って誕生した盧武鉉政権が、労働者を叩きのめしたのである。おそらく盧武鉉個人としては心外だっただろう。しかし政党という政治組織を基盤とする政権は、盧武鉉個人の意思とは別の力で動かざるを得なかった。安哲秀が批判する古い政党政治とは、まさにこのような政治なのではないだろうか。

盧武鉉政権の失政について、文在寅候補は率直にその失敗を認めて謝罪したが、進歩陣営にもたとえば民主労総をはじめ、盧武鉉政権の中核にいた文在寅に対する恨みともいえるような拒否感は根強いものがあった。文在寅は政権中枢での実務経験、国政運営の経験をアピールしたが、それは同時に盧武鉉政権の失政の責任を問われる理由にもなった。そして「盧武鉉の再来」を心から恐れた50代の有権者を大挙投票所へと駆り立てたのだ。

親盧派が実権を握る民主統合党やその周辺のグループとしては、親盧派への風当たりの強さは自覚しながらも、何としてでも自派の大統領を当選させ、再び権力の座に返り咲きたかったのではないだろうか。政治が権力を指向することは、ある意味自然なことかもしれないが、有権者の声を無視した政治力学の中で政治が動くことについて韓国の有権者は強い違和感を感じている。

■ノスタルジーとイメージ


与党の朴槿恵の支持層は、朴正煕時代を知る高年齢層だ。確かに独裁は過酷だったかもしれない。しかし「アカ」が引き起こした朝鮮戦争で荒廃した国土を復興し、急速に発展させた朴正煕を今なお敬愛する人々は多い。また朴槿恵は、独裁者または国家発展の英雄である朴正煕の娘であると同時に、国母とも呼ばれ親しまれた陸英修の娘でもある。朴正煕の強さと陸英修の優しさの両面を持ち、両親を凶弾で失った悲劇の姫である朴槿恵は、苦しい時代を生き抜いて今の韓国を築き上げた韓国の高齢者たちにとって特別な意味を持つ存在なのである。また若い世代の中にも、世界の最貧国レベルだった韓国を世界でもトップクラスの先進国に押し上げる基盤を築いた朴正煕時代を、輝かしい躍進の時代と考える人は少なくない。

セヌリ党の選挙戦略で見事だったのは、古き良き時代のノスタルジーを新しいイメージで包装するという徹底的なイメージ戦略を展開したことだ。前に少し書いたように、党名と党のロゴを変更し、イメージカラーも赤に変えた。韓国の保守層は、本当に赤い色が嫌いらしく、このイメージカラーの変更にはずいぶん議論もあったといわれるが、結果としてこれは成功した。もちろん「初の女性大統領」というフレーズも頻繁に登場した。多くの国民が望む旧態然とした価値観や古い政治から、少なくともイメージの上では見事に脱却してみせた。政策的な部分でも現在の韓国社会が抱える民生、福祉、雇用、学費、財閥改革といった「進歩的」政策を、巧妙な逃げ道を用意しつつ、しかし果敢に取り入れてみせた。どの程度、本腰を入れてこれらの「進歩的」政策を実行に移すのかはともかく、こうしたキーワードが公約に並ぶことだけでも、新しさを演出するには十分だったと言えるばかりか、進歩陣営が得意とするキーワード(しかしこれらのキーワードは同時に朴正煕的な復興・国づくりのキーワードに通じる部分もある)を先取りすることで、政策論争の対立点を曇らせ、イメージ的な演出の比重を高めたとも言える。

そして選挙期間中のメディア戦略も徹底していた。可能な限り好印象を与える場面を作ってマスコミのカメラに狙わせ、朴槿恵が不利になりかねないTV討論会は、可能な限り朴槿恵に有利な形で実施するようにあれこれ手を尽くしたという。テレビの報道は、陣営からの圧力があったのか、あるいは政権に弱いテレビ局の幹部が朴槿恵に媚びたのかはわからないが、常に朴槿恵が有利な形で流された。

与党はこうしたノスタルジーやイメージ戦略を駆使して、朴槿恵は強く、優しく、心の底から国民の幸福を願う大統領候補だという印象を植え付けることに成功した。

その反面、野党陣営は必ずしもイメージ戦略に成功していたとは言えない。やはり前に書いたように、盧武鉉の後継者というイメージは、過酷な盧武鉉政権の記憶を想起させ、安哲秀との候補単一化の局面では古い政治を印象づけることになってしまった。

民主統合党の問題ではないが、進歩陣営の分裂や混乱は、進歩陣営にとってはもちろんだが、文在寅陣営にもマイナスだった。今回の選挙戦で、進歩陣営があげた得点は、テレビ討論会で統合進歩党の李正姫候補が舌鋒鋭く朴槿恵候補に迫った点だ。ただしこの得点も、朴槿恵の支持者にとっては「アカ」の候補による悪意の中傷程度にしか受け取られず、得点としてカウントしたのは野党陣営だけで実際には朴槿恵に何のダメージも与えることはできなかったという評価もある。すでに「独裁 vs 民主化」という対立のイメージは、今の韓国では陳腐化してしまったのだとすれば、これを「得点」にカウントしたセンスこそが問われている。

いずれにしても、与党は緻密なイメージ戦術を展開したのに対し、野党側は誰にでもすぐに実感できる肯定的なイメージを持っていなかった。選挙の最終局面で、安哲秀が遊説先でいわゆる「人間マイク」をやって話題になったことが、野党陣営によるイメージ戦術でほぼ唯一成功した最高の例ではなかったかと思う。

ちなみに、OWSで知られるようになった「人間マイク」は、韓国では「ソリトン」と呼ばれ、20年ほど前まで、韓国の学生運動などでは日常的に使われていた。「ソリトン! ソリトン! ソリトン!」という開始の掛け声は、おそらく学生運動の世代に訴える響きがあったのではないだろうか。一方、OWSで「人間マイク」を知った若い世代にとって、ソリトンはインターネットを通じて見るズコッティ公園のオキュパイを想起させ、新しい政治の息吹を感じさせたのではないだろうか。この映像はインターネットであっという間に拡散し、安哲秀の露出を極力控えていたテレビ局も、大型スピーカーがあっても、あえて「ソリトン」で訴えるという珍しい場面を紹介せざるを得なかったのだ。

■メディア


今回の大統領選挙でも、さまざまなメディアが活躍した。与党は主にテレビや新聞といったオールドメディアを、野党は主にインターネットのSNSやポッドキャストなどのニューメディアでそれぞれの支持者に呼びかけた。

もちろん放送は公共のメディアなので、本来は意図的に一方に有利な情報を流すことはできないのだが、与党は人事権を使い政権側の人物を経営陣に送り込んだり、番組内容への公開、非公開の圧力をかけたと言われる。最も露骨な形で現れたのがMBCだが、国営のKBSにも番組内容についてさまざまな「指示」があったと言われる。具体的な事例はいちいち紹介しないが、実際に番組を見れば、今回の大統領選挙での放送各社の態度がどのようなものだったのかは誰の目にも明らかだ。

韓国の新聞は、保守系の論調で知られる朝鮮・東亜・中央の三紙が全国的に圧倒的なシェアを維持している。リベラル系としては、ハンギョレ、京郷の二紙があるが、購読者数は少なく、ソウル首都圏が中心である。当然、朝鮮・東亜・中央は朴槿恵一色といってもいいほどだった。

韓国は世界でも有数のインターネット普及が進んだ国でユーザーも多いが、それでも大衆的な波及力はオールドメディアには及ばない。しかし野党陣営は、事実上、与党に握られたも同然の既存のマスコミよりも、インターネットでの活躍が目立った。

インターネットでは、OhMynewsのようなインターネット新聞をはじめ、ウェブの掲示板、TwitterやFacebookといったSNS、動画やネット放送(Podcast)などが文在寅や安哲秀に関するニュースの伝達に使われた。特に今年の選挙で目立ったのがネット放送だ。スマートフォンの普及で、動画や音声の視聴ができるようになり、特にPodcastは放送時間に縛られずに視聴できる。特に「ナコムス」のブレークで注目されたネットラジオ形式のPodcastは番組制作が容易で、「ながら聴取」ができるといった利便性が若年層にアピールした。また、放送局を解雇されたジャーナリストたちが発足させた「ニュース打破」はネットテレビ形式のPodcastで、そのまま地上波で流せるほどのクォリティを持つニュース番組だ。「ニュース打破」は、KBSやMBCのニュース番組が取り上げない重要なニュースを積極的に取り上げ、大きな反応を呼んだ。

今回の選挙では、主流メディアがあまり伝えない野党側の情報を求める多くの人々がインターネット・メディアで選挙に関する情報を得たり情報交換を行ったため、非常に活発に見えたが、テレビなどと異なりインターネット・メディアは能動的に情報を取得しなければならない。そのため、支持者向けの情報ツールとしてはともかく、支持者拡大のためのツールとしては限界があると言われている。

SNSなどの個人による情報発信も盛んだったが、選挙期間中に特定の候補への投票の呼びかけにつながる情報発信は禁止されている。そのため、野党支持者はSNSなどを使い投票を奨励するメッセージを拡散させることに力を注いだ。投票の棄権率が高い若年層には本来野党支持者が多いため、投票率の上昇は野党側に有利に作用するためだ。

このように新旧メディアに分かれて与野の情報戦が展開されたが、いかにインターネット先進国の韓国といえども、日夜、テレビや新聞で流される与党指向の組織的かつ大量の情報物量戦では、野党側の劣勢は明らかだった。

■韓国、これからの五年


大統領選挙が与党の勝利で終わり、韓国の進歩陣営は一様に沈み込んでいる。民主統合党を支持しなかった民主労総も、民主統合党には期待していないと大言壮語した左派も例外ではない。民主統合党は、信頼できる同志ではなかったとしても、少なくとも話は通じた。セヌリ党では話も通じない。

長く苦しい闘争を続けている多くの労働現場は、総選挙で野党が敗北した時もまだ大統領選挙があると信じて頑張ってきた。12月21日、昨年キム・ジンスク氏が長期間クレーンを占拠して闘った韓進重工影島造船所で「朴槿恵が大統領になってまた5年には耐えられない」という遺書を残して労組幹部が自殺した。限界に近い闘争を続けている多くの闘争現場の労働者も同じ気持ちだろう。

労働争議の現場ばかりではない。江汀の海軍基地反対闘争、密陽の原発送電塔反対闘争、サムソン電子との労災認定闘争など、多くの闘争の現場で闘っている人々にとって、大統領選挙での野党勝利は膠着した事態の突破口になるはずだった。

朴槿恵が大統領になることで、特に憂慮されるのは公営放送局、MBCの争議だ。李明博が送り込んだ経営陣により、国営のKBSや公営のMBCは明らかに政権のプロパガンダを垂れ流す道具になっている。それでも国営のKBSは支配構造が明確だが、朴槿恵と深い関係がある正修奨学会が大株主になっているMBCは、民営化の方向に進むのではないだろうか。その過程で、現在の争議はもちろん、戦闘的なMBC労組そのものが壊滅させられる可能性は無視できない。

朴槿恵は、民生重視を印象付けるために、いくつかの象徴的な争議で労組側に有利な介入が行われる可能性もなくはない。だが朴槿恵の労働政策の基本は、新自由主義的な労働柔軟化政策の枠組みを堅持した上で、セーフティネットを拡充し、生活の不安定化を救済するといった内容だ。現在、闘争を続けている労働者が満足できるような解決にはつながらないだろう。

むしろ朴槿恵は選挙で社会秩序の立て直しに肯定的な発言をしており、デモやストライキ、座り込みなどに対し、「社会秩序」を理由に厳しい対応に動く可能性も残る。

朴槿恵よりは文在寅に当選してほしかったというのは、進歩的な社会運動にかかわる多くの人々の本音だろう。しかし労働運動は、なぜ選挙の結果ごときでこれほど右往左往するようになってしまったのか…。

もちろん、選挙でやられたら昔のように路上でやり返せばいいというような単純な話ではないだろうが、厳しくなる闘争を支える方法や、反撃の方法はあるはずだし、なければ新しく開発すればいい。一人の中途半端な大統領を当選させることよりも、99%が力を合わせて社会を動かすことを考える方が、はるかに有益な結果を得られるに違いない。

当選の見込みはなくても韓国の左派が「労働者大統領候補」を立てたのは、ただの数合わせで権力の分け前を期待するのではなく、左派が目的とする労働者・民衆が主人公になる世の中では、当然、労働者が大統領になるはずだからだ。大統領選挙での勝利は、少なくとも左派にとって、目的ではなく、結果である。その意味では、バリバリの左派活動家にとって今回の大統領選挙での野党敗北は、ひとつのエピソードに過ぎないのかもしれない。

バリバリの左派は別として、現実的には次の選挙まで、韓国の社会運動は厳しい状況に置かれるだろう。これまで李明博の5年間、そしてこれからまた朴槿恵で5年間、同じような時間が続くというのは、日本人の私でさえ、考えただけで息苦しくなる。もっとも大半の日本人は、生まれた時から今の韓国のような時間が続いてきたのだが。

日本人の目から韓国の大統領選挙を見れば、「同じなんだなあ」と思わせられたり、「それは違う」と思ったりもする。同時に、韓国の選挙から、われわれは何が間違っていたのか、何をするべきなのかのヒントを読み取ることもできるのではないだろうか。