2013年8月15日木曜日

終戦の日

ぼくの父は海軍の飛行機乗りだった。日本の敗色が濃くなると、父も特攻隊に志願することになって、9月に出撃するはずだったという。もし、降伏が1か月遅れていたら、または特攻の順番が1か月早ければ、ぼくは存在していなかったわけだ。
父が特攻隊に志願したのは、ずいぶん前からどうせ負けは明らか、圧倒的な戦力の差の前で本土決戦などと言われていた当時、飛行機乗りが生き延びる可能性がある選択肢は事実上なかった。敵艦に突っ込んで死ぬか、空中戦で死ぬか、どっちにしても死ぬんだったら、でかい軍艦を沈めて死ぬほうが得(?)だという計算だったらしい。クレイジーな戦術だとも言われる けれど、そもそも「どっちにしても死ぬしか選択肢がない」という状況で、クレイジーじゃない戦術なんてあるだろうか。特攻がクレイジーなのではなく、戦争がクレイジーなんだ。

ところが68年前の今日、戦争は終わり、おかげでぼくもこうして生まれてきた。
降伏の決断が1か月早ければ、もっと多くの人が生まれていただろうし、1か月遅れていたらぼくをはじめ、今生きている人のうち、何十万人か、何百万人かは存在していないだろう。他人の話ではなく、それは自分かもしれない。

降伏の決断が遅れたのは国体とやらを心配したからだという。バカバカしい話だ。

2013年8月13日火曜日

人間の條件

正月やGW、夏休みなど、まとまった時間が取れる時に、普段なかなか見ることができない映画を見るようにしていて、今年の夏は古い松竹映画、「人間の條件」を一気に見てしまった。
 前々から見たいと思っていた映画だったのだけど、何しろ長い。第一部から完結編まで全部見ると10時間近い超大作である。もちろん、全部通して一気に見なきゃいけないってもんでもないのだけれど。
とにかくなかなかすごい映画で、今だからこそ、ぜひ多くの人に見てもらいたい映画でもある。
映画評なんて上等なものではないけれど、せっかく見た映画なのだから、見て感じたこと、考えたことなどを並べてみよう。

2013年7月8日月曜日

今度は自民党に投票しようかと思っているみなさんへ

これまで自民党に投票してきた人、前回は民主党に投票したけど今度はやはり自民党に投票しようと思っている人、あるいは自分は保守だから自民党だと思っている人、左翼が嫌いだから自民党に投票するという人、ちょっとだけ時間を作ってこの文章を読んでください。

まず、結論から書きます。自公連立で安定した政権がいいと思うのでしたら、自民党ではなく、公明党に投票してください。

その理由をできるだけ短く説明します。

その前に私の政治的なスタンスと立場を説明しておきましょう。私は、若い頃は漠然とした保守主義者でした。年齢を重ねるにつれてどういうわけだか左傾化してしまい、選挙では民主党や共産党、社民党などに投票してきました。職業はフリーランサーで、どの企業や政治団体、宗教団体、労働組合、あるいはその他の既得権団体にも所属せず、ひたすら自分の時間と能力を売って暮らしてきた人間です。購読紙は日本経済新聞、テレビは見ません。宗教は特にありませんが、強いて言えば浄土真宗です。

自公政権について

私は、自公連立政権の経済政策や安定感のある政権運営の魅力を認めざるを得ません。言いたいことは山ほどありますが、昨年までの民主党政権のあまりのだらしなさを思い出すと、保守を自認する人や、安定した政治を求める人に対して民主党に投票してくれだの、社民党に投票してくれと言っても、きっと耳を貸してもらえないでしょう。保守政治の魅力は現実的であること、そして安定感です。保守の立場から考えれば、確かにアベノミクスの異次元の金融緩和は見事でした。自民党が主張するTPPのメリットも一理ありますし、原発再稼働やむなしという考え方も、消費税の値上げも感情的に反対するだけではだめだという意見ももっともです。そして自公が圧勝して衆参のねじれが今回の選挙で解消されれば、絶望的なデフレスパイラルから脱し、日本の経済を安定させることもできるでしょう。

憲法が危ない

私が公明党への投票を訴える理由は、憲法の問題です。いえ、九条の話ではありません。私もかつて保守主義者でしたから、現実的に軍事力の保持を認めるべきだという考え方は理解します。

私が今回、絶対に自民党への投票をしてはならないと信じている理由は、自民党の憲法に対する態度や姿勢、人権や民主主義に対する自民党議員の理解が驚くほど未熟で、この国の自由と平和を破壊しかねないほど危険なものだからです。世界でも例のないような、まさに「異次元」の憲法です。

しかし公明党は、改憲(加憲)を掲げていますが、自民党をはじめ、声高に改憲を唱える保守と比べれば、基本的に現行憲法の枠を大きく超えず、現行憲法の価値観を継承しています。今の私が見ても、公明党の憲法に対する姿勢は正しいと思います。少なくとも憲法に限れば、私は公明党の見解は積極的に支持できるものだと考えています。

今回の参議院選挙では、自公は圧勝すると言われています。自民党だけで単独過半数を取るかもしれません。公明や野党の改憲勢力を入れれば改憲に必要な2/3の議席は夢ではないでしょう。

自民党の圧勝が予想される中で、私は公明党が自公連立の中で少しでも多くの議席を取り、自民党が憲法草案で掲げているような改憲に対するブレーキになってほしいと思っているのです。

失礼な言い方になるかもしれませんが、どうせ自民は圧勝です。みなさんが自民党に投票しなくても、きっと安倍政権は安泰でしょう。しかし、自民党の議席が増えれば増えるほど、日本を危険な方向に導きかねない憲法改正の可能性が高まってしまいます。

自民憲法は現実的な危険

憲法なんて、庶民の生活に何の関係があるのかと思われるかもしれません。本当にそう思っているのなら、中国や北朝鮮のような国でも幸せに暮らせるでしょう。しかし、もし中国や北朝鮮のような国では暮らしたくないと思うのでしたら、憲法は本当に重要です。

自民党の憲法草案というものがあります。この憲法草案を読んだことがある人は少ないと思いますが、世界の国々が歴史の教訓から学んで積み上げてきた自由や民主主義、人権といった価値観を真っ向から否定しています。長くなるので具体的には説明しません。一つだけ例を上げると自民党自身が「天賦人権説に基づく規定振りを全面的に見直しました」と書いています。人権も、民主主義も、政権の思い通りに制限されかねません。そんな憲法を持つ国が中国や北朝鮮とどこが違うでしょうか。自民党憲法草案に対する批判は「自民党憲法草案 問題点」のキーワードで検索してみてください。

憲法は現政権以後も存在し続ける

もちろん自民党が勝てば、すぐ中国や北朝鮮のような政権になるとか、戦前の日本に戻る、と言いたいのではありません。私もかつては保守でしたから、自民党のような日本の古い保守政治の良識は、理解しているつもりです。

問題は、これが「憲法」だということです。憲法というものは、時の政権の姿勢だけを決めるものではありません。これから長い間、何十年も、あるいは百年以上も日本の国の最高法規であり続けるということです。一度改正したら、今の自民党よりも長く続くかもしれません。もし、自民党の憲法草案のような憲法改正が現実のものとなり、その憲法が持つ危険な要素を悪用する独裁者が登場しても、その時はもはや憲法は何の歯止めにもならないのです。

自民党がいくら信頼できる党だとしても、憲法に対する自民党の無邪気なまでの独善、法や人権に対する無理解、そして驚くほどの国に対する、国民に対する無責任さは、どれだけ批判しても足りません。憲法改正が争点のひとつになっている今度の選挙で、このような考え方を堂々と方針として掲げる党への支持を意味する投票行動は、絶対にしてはいけません。

自民党にブレーキを

あるいは公明党を支持する宗教団体の存在が気になると思われるかもしれません。正直言って、私はあまり公明党は好きな政党ではありません。しかし心配する必要はありません。決して公明党は自民党を飲み込むようなこ とはありません。候補者数を見てもそれは不可能です。今の公明党にできることは、せいぜい自民党や改憲勢力の暴走に常識的なブレーキをかける程度です。

日本の有権者の多くが、経済再生を願って安倍政権に投票する気持ちはよくわかります。しかしもし自民党が圧倒的多数の議席を占めれば、憲法は破壊され、日本という国が取り返しのつかない破滅の道を開くものなのです。

ですから今度だけでいいのです。もし公明党が気に入らなくても、日本を守るために一回だけ、自民党と連立を組んでいる公明党に投票してください。そして、少しでも自民党の暴走にブレーキをかける意思を示してください。経済政策は支持する、しかし危険な自民党憲法には反対するという意志の表明が、公明党への投票なのです。

私自身は、まだ投票先を決めていませんが、ずいぶん前に保守をやめたので公明党には投票しないでしょう。しかし、もし、今でも私が保守主義者であり続けていたとしたら、きっと自民への批判として公明党に投票したと思います。日本の多くの自民党支持者は、かつての私もそうでしたが、保守としての常識と健康な民主主義を望んでいるはずです。日本社会が平等で、民主的で、人権が尊重される豊かな社会であってほしいと思っているはずです。そうであればこそ、自民への批判として、あえて公明という選択をしてほしいのです。

最後に私の本音

最後に本音を書かせていただければ、自民でも公明でもなく、共産党や社民党、みとりの風、生活の党といった政党の候補者に投票してほしいと思います。さすがに民主党は愛想が尽きましたが、それでもずいぶん勉強もしたでしょうし、反省もしているでしょう。現実的には自民に代わる受け皿になりえるリベラル指向の保守政党が民主党(私から見れば民主党は保守です。決して左翼とは認めません)ですから、自公連立への批判票という意味では民主党でもいいかもしれません。

本当は、アベノミクスも、TPPも、原発再稼働も、消費税増税も、自公政権がやっていることはすべて反対です。しかし、そんなことはここで書くことではないでしょう。しかし憲法だけは、政治的スタンスの差を越えて保守支持者のみなさんと共有できるものがあると信じています。

とにかく、私が訴えたいことは、自民党憲法草案のような改憲だけは、将来の日本のためにも絶対に阻止しなければならない、そして今度の選挙は日本が危険な方向に進むか、それとも踏みとどまるかの重大な岐路だということです。そうでなければ、わざわざ安倍政権に反対する私が公明への投票を呼びかけるなどということもなかったでしょう。それほど私は危機感を持っています。

この文章は、決して党利党略や、特定の政治勢力の利益のために書いたものではありません。あるいは、こんな文章を書いたら左翼の知人に怒られるかもしれません。しかし私は自分が生まれ、育ったこの国の社会が、目の前で破壊への第一歩を踏み出すことをとても見ていられないのです。

私の一票や、私の付き合いのある周辺の知人の票、左翼の票だけでは、いや、今回は左派が束になってかかっても、自民党の暴走を止められそうもありません。ですから、自分の普段の主義主張を捨てても、良識ある保守主義者のみなさんの力を借りて、自民党の暴走を食い止めたいと思い、この文章を書きました。

できるだけ短くと思いましたが、ずいぶん長くなってしまいました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

2013年5月18日土曜日

橋下市長の慰安婦必要発言

大阪市長の橋下君のツイートによれば
日本は悪いことをした。しかし日本だけが特別なんじゃない。当時は世界各国同様のことをしていた。だからと言って日本を正当化するわけではない。日本は悪かった。しかし、日本だけを不当に侮辱するのは止めろと言う議論だ。
ということらしい。

しかし、日本(とドイツ)だけは特別だった。日本政府の関与云々とは無関係に、民間が運営していたとこになっているとしても、日本軍の慰安所での慰安婦の待遇はダントツに悪かった。「慰安婦」という呼称と違い、まさに「性奴隷」だったから国際的に日本だけが非難されているのだということを橋下君はしらないんだろうか。
その上で、戦時性暴力については、日本の従軍慰安婦問題から国際的な方向に進んだ。主に日本を対象としていたクマラスワミ報告の後にはマクドゥーガル報告なども出され、すでに議論は国際的なものになっている。日本だけが戦時性暴力で非難されているわけでは決してない。

また米軍も実際、性犯罪や、軍内部での性暴力など、この問題でとても苦しんでいる。だから橋下君の不用意な発言が米軍司令官を凍りつかせ、「風俗はオフリミットだ」言わせた。さらに米国は過去の奴隷や侵略の歴史でいまだに苦しんでいる。米国は自分たちが抱える関連する問題の解決に必死になっているのに、「当時としては必要だった」という、まるで当事者意識が欠如した発言、それもよりによって世界最大級の人身売買国として監視対象になっている日本から発せられた橋下君の脳天気な発言に、サキ報道官が「言語道断で不快だ」というのは当然だろう。

こんなことは、普段から人権やこの種の問題に関心があれば常識の範囲ではないだろうか。今さら「日本だけを不当に侮辱するのは止めろ」、「日本もアメリカ同様、人権を尊重する世界を目指していく」なんて言ってカッコつけてみせたところで、結局は最初の暴言を糊塗するための思いつき的な言い訳なのだが、そこで引き合いに出される米国や沖縄こそ、いい迷惑だ。いや、迷惑というより、サキ報道官の表現を借りれば、"outrageous and offensive"ではないのか。

「みんな悪かったんだから、みんな反省していい世界にしよう」みたいな橋下君のお題目は忘れてよろしい。まず日本の深刻な人権状況を振り返って「どうすれば人権を伸張することができるのか」を考えて、それに向かって必死に努力してからでも遅くない。

2013年4月14日日曜日

日本式コーヒー、あるいはコーヒーにおける匠の技

日本式コーヒーをご存知だろうか。

ポットにフィルターをセットし、注ぎ口の細いポットでコーヒーの粉を湿らせて30秒ほど待つ。
粉が十分に湯を含んだところで静かに一投目の湯を注ぐ。
湯温は90度を目安として目的とする味にあわせて温度を調節する。
コーヒーの粉がフィルターの中で形成する壁を壊さないように、数回に分けて静かに湯を注いでできあがり。

あ、それから、飲むときにはブラックで、砂糖も入れないのが日本式(?)だ。

何のことはない、日本では珍しくもないドリップのコーヒーなのだが、これが欧米人の目には何ともエキゾチックに見えるらしい。特に、日本のコーヒー専門店に行くと、一杯ずつペーパーフィルターで入れてくれるのが珍しいらしい。
数年前のニューヨーク・タイムズのコラム、Coffee’s Slow Danceと、この記事を紹介しているThe Kitchenというサイトのコラム、Japanese Slow Brewed Coffeeという文章を読むと、珍しくもないペーパー・ドリップがどうやら実はかなり特異な、しかしちょっとしたコーヒーマニアもうならせるコーヒーの飲み方であることがわかる。
ちなみに日本はアメリカ、ブラジル、ドイツに次ぐ世界第四位のコーヒー消費国だ。

考えてみると、外国で飲むコーヒーは、ちゃんとしたバリスタがいれたエスプレッソを除けば、かなりいい加減なコーヒー、というか、要するに、まずい。どういうことなんだろうと思って調べてみると、外国では日本の専門店のように丁寧にコーヒーをドリップしたりはしないということがわかる。
おいしいコーヒーのいれかた、みたいなキーワードで海外のサイトを検索してみると、ろくなページがない。粉をむらす、なんてことも書いてないし、コーヒーの壁なんて概念もどうやら存在しないらしい。
海外でペーパードリップというと、メリタ式が主流なんだけど、このメリタ式というのは日本で良く見かけるカリタ式と違って、少々細かめに挽いた粉を入れてドバッと全ての量の湯を注いでできあがり、という入れ方をする。最近は円錐形のフィルターも使われているみたいだけど、これも同じように粉を入れて一気に湯を注いでできあがり、という使い方をするらしい。
どこのサイトだったか、ネルドリップの説明がすごかった。

ネルで作った袋に挽いたコーヒーの粉を入れて湯を注ぐ。
以上。

確かに、それでもいいんだけれど、日本人としてはネルドリップというのはドリップコーヒーの極みに位置する方式とされ、素人がむやみに手を出すもんじゃないと思われていたりする。といっても、実際にはペーパーフィルターと基本的には同じなのだけど、ペーパーフィルターの時より湯の通りがいいので、少しずつ湯を注ぐコントロールがちょっと難しい。上手に入れれば、ネルドリップ独特の深いコクのあるコーヒーが楽しめる。

ちなみに、ネルドリップという方式は、かなり歴史が古いらしい。オスマントルコからヨーロッパに入ったコーヒーは、最初のうちはトルココーヒーみたいに粉を濾さずに飲んでいたという。粉が不愉快だと感じたイギリス人が粉を濾すには木綿のフランネルが最適だということを見つけた。
ぼくの勝手な想像に過ぎないのだけど、最初は鍋にコーヒーの粉を入れて煮出し、それをネルで漉していたのではないだろうか。粉を鍋に入れず、ネルのフィルターに入れて湯を注ぐというドリップの発想は、画期的だと思う。鍋で煮だすと、どうしても香りが飛んでしまったり、雑味が出たりする。粉に湯を注ぐことで、コーヒーの香り高いおいしいコーヒーができるわけだ。この時のレシピこそ、「ネルで作った袋に挽いたコーヒーの粉を入れて湯を注ぐ」というものだったんだろう。

その後、ネルの手入れがめんどくさいとか、湯の注ぎ方によって味にばらつきが出ることに注目したのが、ドイツのメリタ夫人。彼女が考案したメリタ式はとても合理的な方法で、粉の挽き目さえバッチリ決まっていれば誰がやっても安定しておいしいコーヒーが飲めるというので世界に広がった。なお、日本でよく見かける三つ穴で側面のリブが長いカリタ式フィルターは、湯が滞留する一つ穴のメリタと違って湯の通りがよく、ネルドリップに近い。そのため、カリタ式では挽き目はメリタ式より粗めで、湯を注ぐ時のコントロールが要求される。
それに対してイタリアでは、 上下の容器を連結して湯が湧いたらクルッとひっくり返すナポリ式のポットがかつては有名だったけれど、20世紀に入って高圧急速抽出という画期的なコーヒーの入れ方が考案されて、モカポット(マキネッタ)や各種のエスプレッソマシンが登場した。イタリア人はケチだけど味にうるさいのでエスプレッソが広がったというが、エスプレッソなら少量の豆でコーヒーのおいしさを完全に引き出すことができると言われる。現在、欧米の高級コーヒーはエスプレッソが主流になっている。
さてアメリカでは、パーコレーターだとかネルドリップやペーパーフィルターが使われていたようだが、その後、便利なコーヒーメーカーの登場で今では手作業で湯を注ぐなんて面倒なことをするよりは、コーヒーメーカーでボコボコと作っちゃうのかもしれない。
余談ながら、アメリカのコーヒー(アメリカン)は、苦味が少ない浅煎りの豆を使うという。これに対して「アメリカーノ」は、第二次大戦でイタリアに進駐した米兵にはエスプレッソが濃すぎて飲めず、湯で薄めたコーヒーだと言われている。
この他、フランス発祥のフレンチプレス、化学実験の道具みたいなサイホン、ジャワを植民地にしていたオランダがジャワのコーヒーを飲むために考案された水出し用のダッチコーヒーの器具など、ヨーロッパにはさまざまなコーヒー器具がある。
まあ、どんな方法であれ、コーヒー豆を挽いて、その粉に湯をかければコーヒーができる。外国人にとって、コーヒーのフィルターなんてのは、粉が口に入ると不快なので、それを取り除くものとしか思われてないのだろう。よく調べれば、それでも海外のサイトにも、フレンチプレスや金属フィルターはコーヒーのオイル分を通すからコクが出るとか、それなりのウンチクを書いてるサイトもあるのだが、フィルターの種類なんかよりはむしろ、おいしさを決める要因としてはコーヒー豆の品質の方に比重が置かれることが多い。

日本式コーヒーは、欧米諸国のように、新しい器具を考案して楽においしくコーヒーを飲もうという発想ではない。ネルやペーパーフィルターといった旧式の方法を使っておいしいコーヒーを飲むための技術を開発し、研ぎ澄まされた匠の技に集中した結果が日本式コーヒーであり、冒頭に書いたような形で定式化された方式で抽出したコーヒーなのだ。
抽出技術をストレートに反映させるには、一度セットしたら触りようがない複雑な器具よりも、ペーパーフィルターのようなシンプルな器具の方が好都合。エスプレッソマシンなんて、バリスタの手が及ぶのは挽き目とタンピングぐらいしかない(というと文句言われそうだ)が、ドリップなら「蒸らし」から湯の量やスピードの配分など、ほぼすべての過程がコントロールできる。同じ豆でもおいしいコーヒーになるか、まずいコーヒーになるかは、ひとえに喫茶店のマスターの抽出技術にかかっているわけだ。

なお前述のダッチコーヒーだが日本ではコーヒー専門店などに置いてあるのを見かけることがある。本来のダッチコーヒーというやつはよく知らないのだけど、一晩かけてゆっくりと抽出する水出しアイスコーヒーも、海外では日本式と言われるらしい。つまり本家のオランダでは、大昔に廃れてしまった方式なのだろう。一滴、一滴と、時間をかけてゆっくりと、丁寧に、というあたりが西洋人には東洋的なエキゾチシズムを感じさせるのかもしれないが、ぼくとしてはあくまでも日本式コーヒーの真髄は研ぎ澄まされたドリップの技術にあると思う。

余談: 抽出法というわけじゃないけど、日本式コーヒーの特徴は「ブラックで飲むべし、この場合ミルクはもちろん、砂糖も入れない」という点と、「純粋なストレートを重んじる、ブレンドは不純な混ぜものコーヒー」というあたりもあると思う。
欧米でブラック・コーヒーというと、ミルクを入れず砂糖だけで飲むコーヒーのことだけど、日本では砂糖も排する。ミルクや砂糖はコーヒーが持つ本来の味を損ない、味がわからなくなるからだ。これはその通りで、コーヒーのカッピングなんかでは当然ミルクや砂糖は入れない。
しかし、これはまあ、好き好きというもので、最終的なコーヒーという飲料をおいしく飲むためにミルクを入れたり、砂糖を入れたり、あるいは先日書いたようにバターを入れたりと、いろんなバリエーションを楽しめばいいのだが、まあ、日本じゃそういうのは「邪道」とされる、ということ。ちなみにぼくは普通コーヒーを飲む時はミルクも砂糖も入れない「日本ブラック」なんだけど、これは好き嫌いというより、いちいちミルクや砂糖を入れるのがめんどくさいから。いい加減な喫茶店でまずいコーヒーを注文する場合、ミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んだりする。
ストレート・コーヒーを珍重するのは、これはあまり良い意味ではない日本的な純粋至上主義じゃないかと思う。ヘタなストレート・コーヒーより、しっかりしたブレンド・コーヒーの方が絶対おいしい。ただし、最近は日本にも上等なスペシャルティ・コーヒーが入るようになって、そういうやつだとストレートでもイケるんだが。なお、ストレート・コーヒーと言っても、並みの出荷地の名前がついた「ストレート・コーヒー」は、出荷地であちこちの農園の味が違う豆がごっちゃまぜにブレンドされているので、考え方によっては一種のブレンド・コーヒーなんじゃないかと思う。

2013年3月16日土曜日

ISD条項に関する韓国情報活動家の記事 4

韓国の情報活動家が、Corporate Europe Observatoryによる「不当なことで利益を得る-ローファーム、仲裁者、金融業者が投資仲裁ブームをあおりたてる方法(Profiting from injustice. How law firms, arbitrators and financiers are fueling an investment arbitration boom)」という報告書の内容を韓国語に翻訳して「投資仲裁産業」の主な行為者としてローファーム(仲裁専門弁護士)、仲裁者、金融資本(第三者ファンド)が国際投資体制をいかに維持し、拡大させるかを4編に分けて掲載した記事の日本語訳。原文とは若干違う部分もあり、重訳なので翻訳時のミスもあるかもしれません。報告書の1編2編3編の記事、また必要なら原文もご覧ください。

不当なことで利益を得る(4)

投機金融資本にとってのISDとは?

Byクォン・ミラン/情報共有連帯IPLeft/ 2013年3月11日、10:49 AM

賭博場の掛け金を掛ける者、第三者ファンド

投資仲裁システムは、ますます投機性金融世界と統合されている。第1編で述べたように、国際投資仲裁は政府と投資家ともに高額な費用を要求する。最近はその費用を第三者ファンドから調達する現象が増えている。

第三者ファンド(third party funding)は、ローファームや訴訟の当事者が訴訟ファンド会社から訴訟費用を用意する過程やメカニズムをいう。つまり第三者ファンドは訴訟費用の提供者だ。一般に、第三者ファンドが訴訟の費用を提供した後、訴訟当事者が再判決と損害賠償金を受ければその損害賠償金の一定の割合を得て、裁判で負ければ何も受け取れない。つまり訴訟で負ければ第三者ファンドは何も受け取れずに投資した金を失う。第三者ファンドは、本質的に賭けだ。仲裁過程の費用を返してもらえる保険契約とは異なる。

第三者ファンドはよく知られていないが、Burford Capital(米国)、Juridica(英国)、Omni Bridgeway(オランダ)といった会社が、国際投資仲裁で指定席を得つつある。銀行、ヘッジファンド、保険会社も国際的な紛争に投資をする。請求人と第三者ファンドの間で、互いにショッピングができるように仲介するブローカーと電子市場がますます大きくなっている。

国際投資仲裁で第三者ファンドが急速に増加した最も明白な理由は高額な費用だ。そのために投資家は仲裁申請を躊躇し、それほどの金を持っていないこともあり、長い間、高い費用を払い続けると資産が使えないこともある。

また第三者ファンドが最近増加しているのは、国際的な経済危機にも起因する。投資家は相変らず経済危機の効果を体感し、仲裁過程であまり危険な投資をしないという。二番目の理由は仲裁の結果の不確実性だ。投資家は訴訟で負ける危険を第三者ファンドに移転し、その危険の管理を転嫁することを望む。

最後に、国際投資仲裁の増加と主な仲裁判定の公開により、可能な結果をさらに簡単に予測できるようになったため、若干、不明確性が減少している。

こう喩えるとわかりやすいだろう。掛け金がなければ博打はできない。その上、経済事情があまり良くなければなおさらだ。しかし誰かが掛金をくれる。博打で金が取れば掛け金をくれた人に少し払い戻せばよく、掛け金をすべて失っても返さなくても良い。だが、掛け金を賭けた人にとっても悪くないのは、これまでの傾向を見れば、その賭博場は自分が金を出してやったギャンブラーに有利なイカサマをする博打だったということだ。

国際金融危機で、むしろ常勝疾走

2008年、ウォールストリートのサブプライムローン事態の時に第三者ファンドはむしろ急浮上した。ローファーム、Patton Boggsのパートナー弁護士で第三者ファンド会社のJuridicaとBurfordのコンサルタントもしているJames Tyrrelは、不況の中で主張した。「適当なところを探している多くの金がある」。それで、世界が無謀な出資と信用不渡り、スワップの超過で揺れ動いている間、第三者ファンドは賭けを張る新しい現金流入先を得た。

2007年、Juridicaはロンドン証券取引所を通じ、初期株式公募に1億2千万ドル(8千万ユーロ)を集め、2008年末に国際的な不況が最高潮になった時、1億1600万ドル(7440万ユーロ)を追加で集めた。アイオワ大学のMaya Steinitzは、第三者ファンドの拡張は「ファンドと弁護士が弁護士協会の懲戒範囲の外で活発に行えるように、専門的な規制が実質的になかったため」と評価した。実際に第三者ファンドは「法的荒野(legal no-mans land)」と呼ばれた。

第三者ファンドはどれほどの金を稼ぐのだろうか? 第三者ファンドが受け取る分け前を計算する方法には、初期投資金に何倍か掛け算をする方法もあり、最終賠償金の一定比率を受け取る方法もある。その割合は15%から50%まで多様だ。 最後に、上の2種類の方法を混合する方法がある。最終判決前に合意した場合も第三者ファンドは似た方式で収益を得る。

第三者ファンドの収益は、衝撃的な割合で増加した。Burfordの年次報告書(2011)によれば、2011年度の利益は1590万ドルで、前年比965%増加した。 Burfordが金を出した訴訟のうち9件が2011年に終わったが、期待純益は最低3200万ドルだという。この9件の訴訟に3500万ドルを払ったので、掛け金100円あたり、91円を取ったわけだ。

Burfordは固定投資金として3億ドルを保有しており、1件の投資当りの平均投入額は800万ドルだ。2009年に創立して以来、2011年末までに2億8200万ドルを投資した。Juridicaの年次報告書(2011)によれば、2011年度の利益は1290万ドルで、前年比578%増加した。Juridicaは固定投資金として2億ドルを保有しており、1件の投資当り平均750万ドルを投入する。

何を売るのか?

第三者ファンドがどんな訴訟に金を出すのかを決める方法論については、よくわからない。第三者ファンドの慣行についても明確に知られていない。訴訟請求人と第三者ファンドの間で、どのような内容で第三者ファンド協定を結ぶのかもよくわからない。

だが明らかなことは、第三者ファンドは利益を極大化するために、絶えず新しい商品を開発していることだ。

第三者ファンドは投資家(企業)だけでなく、政府を含む被告のための商品も開発している。Fulbrook Management会長のSelvyn Siedelは、「しばしば、われわれは訴訟をあおっていると非難される。しかし現在、われわれは紛争の双方で働いていると言える」と主張する。

国際投資仲裁件ではないが、シェブロンとエクアドルの訴訟を例にあげよう。 1964年〜1992年にテキサコ(シェブロンが買収)がエクアドルで原油の採掘で水を汚染させ、ガン、障害児出生、小児白血病増加が現れるなど、先住民の健康が悪化した。


シェブロンに抗議する市民

シェブロンに抗議する先住民:www.chevroninecuador.com/201006_01_archive.htmlより

http://okosmos.blogspot.kr/2011/02/ecuadorian-judge-hits-chevron-with-86bn.htmlより

先住民がシェブロンを相手としてエクアドル裁判所に損害賠償請求をした。 Burfordは、2010年11月にエクアドル先住民の代わりに、訴訟資金として400万ドルを出し、1500万ドルまで投資することにした。Burfordのファンド協定によれば、Burfordが1500万ドルを出し、原告が10億ドルの賠償を受け取れば、Burfordは5500万ドルを受け取り、原告が20億ドルの賠償を受け取れば2倍の1億1100万ドルを受け取ることにした。これで終わりではない。原告が10億ドル未満(最低6950万ドルまで)の賠償判決を受けた場合、Burfordは同じように5500万ドルを受け取ることにした。つまり6950万ドルの賠償判決があれば、Burfordは5500万ドルを受ける。

これは賠償金の80%だ。残りの20%は金を払った他のファンドに行くので、先住民が取る金はない。できるだけ多くの賠償金を取れなければ、ほとんど先住民に残らない。

2011年にエクアドルの裁判所は、シェブロンに86億ドルを賠償するよう判決したが、これを受け取れるかどうかはわからない。シェブロンは繰り返し控訴すると同時に、ISDも申請をした。Burfordは最近、この訴訟についての契約を他のファンドに売ったという。

ある第三者ファンドは仲裁の戦略と運営について、さらに大きな影響を及ぼす「より少なく消極的なビジネスモデル」を開発している。オランダの第三者ファンドのOmni Bridgewayは、専門家の証人選択と真相調査任務を含む「オーダーメード・コンサルティング」をしており、仲裁の過程で「単なる金ではなく技量を倍加」させるサービスを提供したいという。

また、Selvyn Seidelは「われわれはまた、請求人と弁護士の能力を倍加させる支援サービスの提供を始めた。われわれは自らを弁護士、金融業者、銀行家、会計監察官の統合的なグループだと考えたい」と話した。

その上、第三者ファンドは派生商品も開発している。Selvyn Siedelは「私たちが考えている別の商品がある。訴訟全体より訴訟の一部に資金を出し、ミニ・ポートフォリオのように5〜6件の訴訟に分散投資する派生商品だ。訴訟に資金を出した後に、信用不渡りスワップ(credit default swaps)のように、第三者にそれを転売できる可能性もある」とその輪郭を示した。投機金融資本はよくわからず、Selvyn Siedelの話はよくわからないが、第三者ファンドがますます投機性が大きい方向に進むことは明らかだろう。

第三者ファンドに隷属する仲裁過程

無法天下の第三者ファンドへの規制が必要だという批判が提起されている。全米商工会議所は、金儲けに血眼になっているこうした投資会社が訴訟に不適切な影響を及ぼすと批判した。Burfordの最高経営者のChristopher P. Bogartは、仲裁過程に影響を及ぼす意図ななく資本を提供する消極的な投資家だと言うが、そうではない。

仲裁請求人(投資家)は、自分の利害関係を管理しなければならないだけでなく、第三者ファンドの利害関係もまた管理しなければならない。仲裁請求人の弁護士には、自分の受託料を払う第三者ファンドの影響を受けかねないという恐怖がある。したがって、第三者ファンド協定のために、仲裁手続きが第三者ファンドと投資家間の関係に隷属しかねない。

ところで、第三者ファンドと投資家と弁護士の関係は、第三者ファンド協定上の契約的関係より、はるかに重なっているようだ。第2編と第3編でローファームと仲裁者の緊密な関係に言及したように、第三者ファンドも投資仲裁コミュニティの「門番」として、国際仲裁システムに重要な影響を及ぼす。第三者ファンドはコンサルティングを行い、代案を提示して、ローファームをリードしたり、誰が仲裁者で選任されるのかについても影響を及ぼす。

第三者ファンドと仲裁者、弁護士、投資家(企業)をつなぐ対人関係の網を形成しているCalunius CapitalのMick Smithの例を見よう。

Smithは現在、Calunius Capitalの会長だ。その前はローファームFreshfieldsで働いていた。彼は「そこで結んだ関係は相変らず重要で、彼らは私の第1の寄港地だ」と話したように、彼が元の同僚と親密な関係を維持したことから利益を得ている。

Rusoroがベネズエラ政府にISDを提起するためにファンドを探していた時、Caluniusはカードをつかんだ。Rusoroはカナダに本社をおくロシア資本の鉱業会社だ。2011年8月17日、ベネズエラのチャベス大統領が金鉱山の探査と開発を国有化すると発表した後、同年9月に金産業を国有化する法律が公布された。 Rusoroは、資産の移管および補償についての協議を始めたが、うまくいかず、2012年4月に操業を完全に中断した。

2012年7月にRusoroは、カナダ・ベネズエラ二国間協定を根拠としてICSID(国際投資紛争解決センター)に仲裁申請をした。ローファームのFreshfieldsがRusoroを代理し、Calunius CapitalがRusoroの仲裁費用を提供することになった。

Smithのケースは例外ではない。2011年に創立した訴訟ファンド会社のBlackRobe CapitalとFulbrook Managementは、どちらも元弁護士が運営する。 現在の、Fulbook Managementの会長でBurford Capitalの共同創立者であり、Latham&Watkinsのパートナー弁護士だったSelvyn Seidelの履歴からわかるように、仲裁専門弁護士と会社は強い関係を維持している。彼はそうした関係が「私たちに大きな助力をしてくれたし、われわれは国際仲裁を助けることで彼らに寄与することを望む」と話した。

現在BlackRobe Capitalの共同創業者で、その前はBernstein Litowitzのパートナー弁護士だったJohn P. Coffeyは、「私の元の同僚たちから投資機会が殺到した」、「普通、トップ25のローファームから要請がくる」と話した。 Burfordも主要ローファームと企業での訴訟管理経験がある人々で構成されていると自己紹介している。こうした閉じたネットワークは、仲裁者の能力、仲裁手続きの公正性と透明性において、疑問がある。実際にあるファンドとローファームは、部分的に、あるいは全体的に同じ側に属している。

これだけでなく、第三者ファンドと投資家間の関係によって、紛争の過程が延長、または短縮され、仲裁の過程に否定的に影響を及ぼすことがある。こうした例はS&T oilとルーマニアのISDで見られた。第三者ファンドのJuridicaが払っていたS&T oilの費用を中断したことで、ISD仲裁手続きが続けられなくなった。結局は、Juridicaが金を払い、さらに2年間の仲裁手続きが進められた。 ルーマニア政府としては、2年間の仲裁費用をさらに押し付けられた形だ。

軽率な仲裁申請が増加

二つ目の批判は、第三者ファンドが国際投資仲裁の数を増やすことができるという点だ。全米商工会議所が雇った弁護士のJohn H. Beisnerは、第三者ファンドが軽率な訴訟を奨励すると昨年に下院で述べた。オーストラリアの場合、全般的に第三者ファンドを自由化した後、訴訟が16.5%増加したと推測されている。

掛け金がなければ賭けはできないが、第三者ファンドが掛け金を払うことで、潜在的に投資紛争の数が増える。さらに軽率で危険が大きい訴訟になるほど、第三者ファンドのポートフォリオ投資の価値を上げることになる。「損失の恐怖への危険から逃げれば、ポートフォリオの潜在的なパフォーマンス(積極的に投資し、短期間に最大の収益を追求する投資)を極大化させることはできない」とBurfordグループが指摘したようにである。

われわれの選択は?

報告書「不当なことで利益を得る-ローファーム、仲裁者、金融業者が投資仲裁ブームをあおる方法(Profiting from injustice. How law firms, arbitrators and financiers are fueling an investment arbitration boom)」の内容を翻訳し、「投資仲裁産業」の主要行為者としてのローファーム(仲裁専門弁護士)、仲裁者、金融資本(第三者ファンド)が国際投資体制をどのように維持し、拡大するかを4編にわたり伝えた。

そしてこの報告書は、最後に仲裁手続き内外で私たちが選択できるいくつかの方法を提示しているが、紹介しないことにしよう。世界が仲裁機構によるキャッシュディスペンサーのように扱われ、仲裁判定の結果が国際的に執行される世界に対し、どんな選択ができるのかは私たちが考えるべき部分なので、いくつかの国での努力を紹介して文を終えよう。

今年1月、インド政府は二国間投資保護協定に関するすべての交渉を保留することにした。昨年、企業が投資協定によるISDの通知が頻発したため、将来、さらに多くのISDが乱発されかねないという恐れを感じた財政部と商工部が、投資協定モデルを再検討するまで、すべての投資協定を保留することにしたのだ。

2011年の春にはオーストラリア政府は、今後、これ以上の貿易協定にISDを入れないと発表した。

ISD爆弾を受けた南米は、もっと積極的な代案を模索している。ボリビアは2007年に、エクアドルは2009年に、ベネズエラは2012年1月に、国際投資紛争解決センター(ICSID)から脱退した。

そして南米国家連合(UNASUR. 2008年に発足した南米国家共同体. ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラ、スリナム、アルゼンチン、ガイアナが参加)は、代案的な仲裁機構についての議論をしている。

2009年6月にエクアドルは、ICSIDを代替する代案的な仲裁センターの創設を提案し、2010年12月にUNASUR会員国の外務部長官が仲裁センター紛争解決システムの作業班の議長として、全員一致でエクアドルに決めた。エクアドルは仲裁センターの規則についての提案書を提出し、UNASUR紛争解決システム委員会はその提案を調整しており、今後、会員国が検討することになる。

UNASURの12の会員国のうち9か国が受けたISDは、ICSIDに提起されたものだけでも111件になる。これはICSIDの仲裁全体の31%を占めている。

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ISD条項に関する韓国情報活動家の記事 3

「不当なことで利益を得る(1)」「不当なことで利益を得る(2)」の続編、その3です。

不当なことで利益を得る(3)

ISDの守護者、仲裁者クラブ

By クォン・ミラン/情報共有連帯IPLeft / 2013年2月20日、4:32 PM

最近、ローンスターと韓国政府が仲裁者を選任した。ローンスターが仲裁者に指名したチャールズ・ブロワー(Charles Brower)は、2005年までの37年間、米国のローファーム、ホワイト・アンド・ケース(White&Case)に在籍し、この報告書が選定した国際仲裁市場を牛耳る仲裁者の2位に選ばれた人物だ。

ブロワーは、これまで知られている450件のISDのうち33回仲裁人に指名され、このうち94%は投資家により指名された。続けて韓国政府も仲裁者にブリジット・スターン(Brigitte Stern)を選任したという。ブリジット・スターンは、この報告書が選定した仲裁者の1位だ。この報告書は仲裁者が決して中立的でないどころか、企業に好意的な投資仲裁システムを作るパワーのある行為者になる理由を暴露している。

仲裁「マフィア」

仲裁者たちは、あまり世の中に知られていない。だが仲裁者は互いをよく知っている。学界とジャーナリスト、そして内部の人たちは、彼らを「小さくて、秘密っぽく、クラブ風の」、「インナーサークル(inner circle)」あるいは「仲裁『マフィア』」と描写している。クラブを小さく維持することは、仲裁者が投資仲裁システムをしっかり捉えていることを意味する。

匿名の国際法研究者によれば、似た価値、似た教育、似た観点でまとまった小さなコミュニティが維持されるため、投資仲裁システムが見えないという。彼によれば、仲裁システムの動き方についての仲裁者間の一貫した観点は、仲裁システムの生存に必須だと彼は主張する。だから仲裁者たちは「そのシステムを守る役割を果たす」のである。

この報告書では、これまでに知られている450件のISDを担当した仲裁者が誰なのか、投資家が要求した賠償金額がいくらなのかを調査した(最終的に判定された賠償金額は分からないことが多い)。仲裁をした件数が多い順に15人のエリート仲裁者を選定した(下表参照)。単に15人の仲裁者が今までに知られている450件のISDのうち247件(55%)を担当した。圧倒的に集中している。

そして、2003年から2010年に提起されたISDのうち、投資家が請求した賠償金額が1億ドル以上の事件を調査して順位を付けた。2010年までのISDで、一番高額な賠償金を請求したのは、エネルギー会社のYukos、Hulley、Veteran Petroleumがロシアを訴えた訴訟だ。1036億ドルを請求した。次はConocoPhillipsがベネズエラに300億ドルを請求した。

15人のエリート仲裁者たちは、1億ドル以上の賠償金が請求されたISD 123件のうち79件(64%)を担当し、40億ドル以上の賠償金が請求されたISD 16件のうち12件(75%)を担当した。賠償金が大きいISDほど、15人のエリート仲裁者に集中していることが分かる。


図1

投資仲裁システムの生存は、相互にとても強い凝集力でつながった小さな仲裁者クラブ次第だと言える。15人のエリート仲裁者たちは、皆少なくとも1回は同じ訴訟で他のエリート仲裁者と共に仲裁判定部を引き受けた。15人のエリート仲裁者が共に仲裁判定部を担当したISDは69件あった。

Marc LalondeはFrancisco Orrego Vicunnaと5回、同じ仲裁判定部を引き受け、L Yves FortierはStephen M. Schwebelと5回同じ仲裁判定部を引き受けた。Brigitte SternはMarc Lalonde、Gabrielle Kaufmann-Kohlerとそれぞれ5回ずつ同じ訴訟で仲裁判定部を引き受けた。その上、ローンスターと韓国政府が選任した仲裁者のCharles BrowerとBrigitte Sternは、4件のISDを共に引き受けた。場合によっては3人の仲裁判定部を15人のエリート仲裁者に入る人が引き受けた。こうしたケースは15件もあった。

このうち、3人の仲裁判定部とどちらかの代理人が15人の仲裁者に入っているケースは7件ある。代表的な例としては、歴代最高の賠償金1036億ドルを要求したYukos、Hulley、Veteran Petroleumとロシアとの訴訟で、仲裁者パネルはYves Fortier、Daniel Price、Stephen M. Schwebelだ。Emmanul Gaillardは投資家を代理した。

ロシアは2002年までエネルギー産業民営化を推進し、2003年5月に「ロシア エネルギー戦略:2020年まで」を発表し、エネルギー産業に対する国家統制を強化して、大企業形態の国営エネルギー会社の育成計画の下で、2004年から民間企業による運送パイプライン建設を禁じ、外国系会社の持分を49%までに制限した。

こうしたロシアのエネルギー戦略の実行の過程で、2003年に当時ロシアで1位のエネルギー企業だったYukosの会長が、脱税や横領で拘束され、2004年には未納税額のためにYukosの資産が押収されて競売が行われた。

これに対し、Yukosの株式を持っていた3つの企業は2005年、ロシアを相手にエネルギー憲章条約を利用してISDを提起した。3つの企業を代理したローファームのShearman &Sterlingが発表した依頼人機関誌「ユーコス:エネルギー憲章条約に対する歴史的な決定(Yukos:landmark decision on the energy charter treaty)」によれば、ロシアは1994年にエネルギー憲章条約に署名したが国内批准をしておらず、2009年8月にエネルギー憲章条約の会員国にならないと発表した。しかし仲裁判定部は2009年11月30日、Yukosなどがエネルギー憲章条約を利用してISDを提起することを認めると判定した。

同じISDで、仲裁と代理を同じローファームが担当したケースもある。特に、このような場合はISD制度の公正性を問うこと自体が無意味だ。Bayindir Insaat Turizm Ticaret Ve Sanayi A.S.とパキスタンとの訴訟で、Essex Court Chambersに所属するStephen M. Schwebelが企業側を代理し、同じ所属のKarl H Bockstiegelは3人の仲裁判定部の1人になった。同時に所属が同じ2人の弁護士が、パキスタン政府を代理した。

Chambersはローファームではなく、いわゆる自営業者弁護士の「職務共同体(office community)」と言えるので問題にはならないと主張するが、HEPとスロベニアとの訴訟で国際投資紛争解決センター(ICSID)の仲裁判定部は、仲裁判定部議長のDavid A.R. Williamsと、スロベニアが代理人に選定したDavid MildonがEssex Court Chambersに所属しているため、スロベニア政府はDavid Mildonに弁護を任せられないと決めた。

仲裁者の多くの地位

仲裁者は、弁護士、あるいは専門家として、証人としてISDに直接参加したり、政府の代表者や諮問を引き受けて政策に影響を与え、学界で問題を提起し、企業の代わりにロビイストとして活動したり、企業の理事会に参加する。これにより彼らは投資仲裁システムを維持し、利益を得る。こうしたことは、仲裁者にとっては平凡なことだ。

ローンスターと韓国のケースも同じだ。韓国政府の代理をしたアーノルド・アンド・ポーターのジーン・カリッチ(Jean Kalicki)とローンスターを代理したシドリー・オースティンのスタニミール・アレクサンドロウ(Stanimir Alexandrow)は、有名な仲裁者でもある。

この分野でとても華麗な履歴を持つ人を紹介しよう。ダニエル・プライス(Daniel Price)だ。プライスは典型的な投資仲裁チャンピオンではないが、一番多くの地位についた仲裁者を選べと言えば、当然プライスが1位だ。

投資協定交渉家、ISDを擁護する企業ロビイスト、企業の利益を防御するコンサルタント、新自由主義を促進するメディア解説者、仲裁者、これらはすべて彼の履歴だ。プライスは過去20年間、何回も回転ドア人事を経験した。プライスは、自分が交渉を促進した投資協定の受恵者だ。米貿易代表部の責任法務諮問委員になり、米露BIT(1992年署名)の交渉をした。彼はもまたNAFTAの投資保護条項について交渉した。彼は投資家-国家訴訟条項を考案し、企業にこの条項を利用して政府に対する訴訟を要求した初の米国弁護士の1人として知られている。

1992年、彼は初めて政府の要職から離れた。彼は投資仲裁産業に無限の利益を創出する可能性を見つけ、その産業を発展させることにした。2002年から2006年に、彼はメキシコ政府を相手にアリアンツ(Fireman's fund insurance)の代理となった。訴訟の間、アリアンツのためにホワイトハウス、米貿易代表部、国務省、商務省にロビーを行った。

また、モンサント、国際投資機構、米国の製薬会社と生命工学会社のためのロビイストとしても活動した。Yukosなどがロシアを相手にISDを提起した2005年から、ホワイトハウスの招請を受ける2007年まで、Yukosが指名する仲裁者だった。

プライスは米国のローファーム、Sidley Austinで国際投資紛争解決担当部で議長として4年間活動した後、2007年にジョージ・ブッシュ大統領の高位級の経済諮問を担当し、また米政府に戻った。

2008年に国際経済危機が頂点に達した時、彼は解決の方向性についての論争に影響を与える位置にあった。彼はG8(東京)でブッシュの特別代表を引き受け、2008年にワシントンで開かれた初めてのG20首脳会談を陣頭指揮した。G20は「私的財産の尊重、貿易と投資開放、競争的市場を含む自由市場の原則について約束すれば、われわれはこの改革が成功するだろうということを認める。開発途上国を含み、われわれは経済的成長に害を与え、資本の流れを悪化させる規制を避けなければならない」と話した。まさにプライスが支持してきた措置だ。

彼は2009年にローファームのSidley Austinに戻り、2011年にまた辞めた。彼はビジネスコンサルタント会社のRock Creek Global Advisorsと独立の法律業務の両方を始め、企業との関係を振興させる計画だ。彼は自分を中立的仲裁者と言い、企業に対し政府の規制を避ける方法についてコンサルティングをする。

投資協定に署名すること

誰もがご存知の通り、投資協定のISDでは、政府に訴訟をすることができるのは企業だけだ。仲裁専門弁護士や仲裁者にとって、この言葉は投資協定がなければ訴訟もなく、訴訟がなければ仲裁者や代理人には選任されないということを意味する。したがって、投資仲裁産業を成長させるには投資協定の締結を要求することが必須だ。

1990年代にJan PaulssonはNAFTA協定11条(投資保護)の交渉でメキシコ政府の諮問をした。そして彼は企業がメキシコ政府に提起した2件のISDで、仲裁判定部を引き受けた。Emmanuel Gaillardは政府の諮問は引き受けなかったが、2010年にモーリシャスで開かれた公開カンファレンスを活用して、モーリシャス政府が投資協定に署名するように奨励した。米政府を代表して、NAFTA11条(投資保護)の交渉を率いたDaniel Priceは、当時メキシコ政府がISDを受け入れるように積極的に圧力を加えた。その結果、メキシコ政府は別名Calboドクトリンと言われる原則-国内裁判所だけが外国人投資家が提起した訴訟の司法権を持つ-を捨てた。Calboドクトリンは、メキシコ憲法の一部だった。その後、プライスは米国企業のTate&Lyle Ingredients AmericasとFireman's fund insurance(アリアンツ)がメキシコ政府に対して訴訟をした時、これらの企業の代理をした。

曖昧な規則、さらに多くの訴訟

前編で言及したように、仲裁機構は特別な仲裁基準や規則は持っていない。投資協定文だけが根拠だ。したがって、投資協定の条項が曖昧であるほど、正確性が低いほど、企業が訴訟をする機会が多くなる。

国連国際貿易法委員会(UNCTAD)は「国際投資協定の条項は、厳密に表現されていない」と指摘した。その結果、投資協定の曖昧な規則を仲裁者がいかに解釈するかに全てがかかっている(UNCTAD 2011)。規則が曖昧なほど、仲裁者の役割が重要になる。

投資家にとって、公正かつ平等な待遇を提供する政府の義務(fair and equitable treatment、公正衡平待遇と呼ばれるようになる)はISDの重要な理由として登場した。

国連国際貿易法委員会(UNCTAD)によれば「投資家が訴訟を提起するとき一番よく依存し、最も成功的な根拠になっている」この条項は、一番質が低く、不明確な条項の一つだ。また、仲裁者が「公正で平等な待遇の概念を広く解釈してきた」と指摘し、「結論は、限りなく不均衡的な接近になる。投資家の利害を擁護し過ぎている」と結論した(UNCTAD 2012)。

2010年5月までに結果が公開されている140件のISDについての統計研究(2012)で、Gus Van Harten教授は仲裁者たちが投資概念、法人投資家、少数株主権、併行訴訟といった問題について、請求人(投資家)に都合がいいように拡大解釈する傾向が強いことを確認した。また仲裁判定では、投資家の国籍が強く作用する傾向を確認した。投資家が米国、英国、フランス、ドイツ国籍であれば、仲裁者は拡大解釈する傾向を見せた。

仲裁者が投資家の代理になる時も同じだ。NAFTA協定によるFireman's fund(アリアンツ)とメキシコの訴訟で、投資家はメキシコ政府が財政的投資を収用したと主張した。これは、メキシコ政府が1997年の金融危機の時に取ったエネルギー措置の結果だった。この訴訟の判定では、NAFTA協定受け入れ条項の解釈が決定的だった。噂によれば、投資家の代理をしたDaniel PriceとStephen M. Schwebelは「収用」が財産権の没収概念より広い方式で解釈されるように主張する82ページの報告書を提出した。

しかし仲裁者たちは、人権と社会権についての国際法の接近は制限的だ。2012年5月にヨーロッパ憲法と人権センター(ECCHR)は、ジンバブエに対して提起された2件のISDについて仲裁判定部に声明書(法廷助言)を提出しようとした。木材農場に関する訴訟だったが、ヨーロッパ憲法と人権センター(ECCHR)は紛争中の農場は先住民の先祖が住んでいた区域にあるとし、裁判の結果が土地に対する土着共同体の権利に影響すると主張した。

Yves Fortierが議長になった仲裁判定部はこうした憂慮を聞くことも拒否した。国際司法裁判所判事のBruno Simmaは、「経済的、社会的権利を考慮することは、投資家国家仲裁では例外」だと指摘した。

投資協定の改革を防ぐこと

ローンスターが選任した仲裁者のCharles Browerが「国際仲裁の基本的な要素を変えるいかなる提案も、仲裁機構には受け入れられない攻撃になる。反対に、こうした基本的な要素を強化する提案は、注意深く考慮されるべきだ」と言う程、投資仲裁システムの変化に反対する。

前編で、リスボン条約の発効後、ヨーロッパの投資政策について仲裁専門ローファームと有名な仲裁者が影響を及ぼす方法について言及したが、米国でも似たようなことがあった。

NAFTA協定の下でカナダの企業から、何回も訴訟にあった米政府が、2004年に1994 BITモデルを修正し、新しいBITモデルを導入した。2004 BITモデルは、米政府が特に保健と環境の領域で統制権を発揮できる政策空間が若干導入されたが、期待できるようなものではなかった。

米政府で要職に付き、20年間国際司法裁判所の裁判官を歴任した有名な仲裁者のStephen M. Schwebelは、こうしたささいな変化さえ非難した。米国を代表して投資協定の交渉をしたDaniel Priceも反対した。最も有名な仲裁者のひとりであるWilliam W. Parkは「こうした政策の変化は問題が多く、海外の米国投資家に相当な被害を引き起こすだろう」と話した。

そして2009年にオバマは大統領候補として、労働と環境に対する義務を強めるために2004モデルを再検討することを約束した。だが2012年に出された新しいBITモデルは、実質的な変化はなかった。2012年5月8日のTPP(環太平洋経済パートナー協定)交渉のために時を合わせて発表されたものだという。

主な変化は、これまでのISDに対する批判を反映させ、投資により「労働と環境」を傷つけないようにすること、「将来は控訴制を導入」してISDの透明性と公正性を強化することだ。だが3人の仲裁者が下した決定により、政府が損害賠償をする構造には変わりはなく、投資家が損害を受けないように国家主導経済を制限したため、実効性については批判的がある。当時、米国政府の諮問委員会の一員だったStephen M. Schwebelは、1994年モデルに戻すことを支持した。

最近では南米国家連合(UNASUR)が、国際投資紛争解決センター(ICSID)に代わる仲裁センターの建設を議論している。エクアドルのコリア大統領は、南米が自主的に紛争解決機構を創立することを提案し、ベネズエラのチャベス大統領もエクアドルの提案を支持している。チリ出身の有名な仲裁者、Francisco Orrego-Vicunaは、「非常に投資家親和的と見なされるICSIDのような機構を代替するという提案は良いアイディアではないと思う。なぜなら、そんな機構はほぼ確実に非常に政府親和的と認識されるだろうし、投資家は満足しないだろう」と主張した。

一方、投資仲裁システムに対する批判が強まっていることで、エリート仲裁者たちは現システムの基本には触れず、妥協する方案を探している。例えばWilliam W. Parkは、政府の統制がきく政策空間を回復させる立場をある程度受け入れ、「さもなくば投資家国家仲裁は投資家の勝利に反発する大衆的な圧力の犠牲になりかねない」と指摘した。

Honatiauはもっと直接的だ。彼は仲裁システムのすべての参加者の役割を再検討し、システムの作動方式の変化を受け入れる必要性を認め、「こうした代価を払うことによってのみ、数十年間、仲裁者は国際的な取り引きの「天賦の裁判官(natural judge)」として残ることができる」と話した。

Jan Paulssonは仲裁機関がさらなる透明性を持つために、紛争当事者が仲裁者を選任せず、仲裁判定部全体を選任するべきだと提案したが、仲裁システムの投資家に親和的な偏向については触れない。彼は国連の国際貿易法委員会(UNCITRAL)の規則に透明性の条項を入れる試みを阻止しようとするバーレーン代表を防御した。Charles Browerは仲裁コミュニティが「システム全体の根本的な再設計を要求しない」程度の大きさの改革だけしか受け入れる準備ができていないと指摘する。つまり、小さな改正を受け入れることで仲裁システムの構造的な変化を未然に防ぐのである。

原文(レディアン)

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